甲冑

朝の六時半になっても、まだ真夜中のように暗かったし、しかも聞こえてくる雨音がすごくて、外はかなりの雨量らしかった。たまにはこんな酷い天気の朝もあるので仕方がない。家を出て駅に着くまでのあいだ、傘に打ち付けてくる雨の強さを手に感じ続けながら歩く。コートの袖先にもスラックスの裾にも、容赦なく雨が被弾する。濡れないで歩くのは絶対に無理。

こういうときいつも、クリント・イーストウッドの「ガントレット」を思い出してしまう。取り囲まれて一斉射撃を受けてハチの巣にされる、あの大型バスのことを、つい思い出してしまう。誰もが皆、己の身体をハチの巣にされて死にたい、でもそれだと死んでしまうから、自分を包む固い甲冑にたくさん被弾して、全身が風穴だらけの姿で歩きたい、そんな思いを誰もが皆、心のどこかに秘めているというのか。

一時間後、電車を降りたって見上げたら、すでに空は青く晴れ渡っていた。ムッとするような暖気が立ち昇って周囲に渦巻いていた。ああ、夏が来たのだ…と思った。階段をのぼりきったところの角を曲がると、柵に倒れ掛かった老人がいて、その心臓はもう止まりかけていた。