皆のあらばしり

乗代雄介「皆のあらばしり」(新潮 2021年10月号)を読んだ。これは「ネタバレ」してはいけない小説ではないか…と思うので、未読の人は以下、気を付けて下さい。

目的の古文書を手に入れること。絶対に失敗は許されない。ここで遂行されるのは「窃盗」で、そのことが、なかなか複雑な余韻の読後感をもたらしてくれる。謎のおっさんが、古文書をほしがってる「本当の目的」はわからないけど、それが如何なる理由であれ、高校生の主人公がどれだけ(知への期待、欲求、信頼に基づいた)おじさんの博識や知性にあこがれ賛同したとしても、つまり彼はおじさんが目論んだ犯罪の「受け子」を買って出たに過ぎない。描かれ方が「そういう感じ」じゃないだけに、それどころかキレイにまとまった爽快で気持ちいい終わり方なだけに、手放しでよろこぶのを躊躇したくなる感じ、驚きとともに、気まずいバツの悪さみたいな感じがあって、しかしそれこそが作品に仕掛けられた「詐欺性」から来るもので、読んでいるこちらも、まるでいつの間にか共犯者として彼らに加担していたことに気付くみたいなところが、余計にもやもやをかきたてる。調査が進むにつれて湧き出てくるおどろくべき仮説や推論に、高校生の彼と同じように、読者の自分も思わず興奮し口元を歪め声を震わせて一喜一憂していた、そんな風に「だまされた」ことの、妙な罪悪感を噛みしめざるを得ない。しかし非合法な仕事を為そうと企む登場人物が、背水の陣で、お互いの矜持と土俵際のラインを晒して、本気出して目的に取り組んでいるときの緊張感と興奮は格別なものだ。学問・研究への惧れと深い愛を標榜しながらも、彼らは「詐欺師」として第一級の働きをし、しかも互い互いをも騙し合って自らの立ち位置も守りつつ、互いへの尊敬も保ちつつ、ちょっとイタズラを仕掛けつつ、ひとまず後腐れなく「仕事」を終える。まさに「犯罪小説」らしく周到に出来ている。