鏑木清方展

竹橋の近代美術館で「没後50年 鏑木清方展」を観る。ある区画に切り込んでくる形の強さとか、浅さと深さを併せ持つような藍色とか、ことさら明治時代風の柄に寄せた縞模様だとか、それらの超絶的技巧が召喚されるがままに、ほしがるがままに開陳され、描かれているのを観ている/観させられている。

画家は絵を描くけど、画家は描かされてもいる。描いた絵というのはつまり描かされた絵ということでもあるだろう。どこまで自分の意志で描いて、どこまでを描かされているのか、それは描いてる本人にも、明確にはわからなかったりする。自分の力を越える何か大きな力の導きによって描かされていると考えることも出来るし、自分の力に意図的にリミッターを通すことで何がしかの調整を施す必要性への対処だと考えることも出来る。私だけの描く力を素朴に信じることはしないが、社会人としての私が私を抑制することが無いとも言えない。定石をまったく無視しては将棋が成り立たないが、将棋は勝たねば意味がない。しかし絵は必ずしもそうじゃない、とはいえ負け越してばかりでは、やはり「画家」の座から陥落してしまう。それは避けるべきことだ。何に絵を描かされているのか、それはまず、その絵がどこかの場所に展示され、それを絵としてみてもらえる、出来上がったものが絵と見なされる、その見込みにだろう。その意味で、絵は画家の成果でもあるけど、その見込みや期待への個人的な応答でもある。

日本・近代・日本画を観るとき、画家と観る人のあいだで何を交換するのか、そこに何が期待されているのかを考える。かつてそこに成立し得た見込みや期待について考えている。

しかし画家は画家で「かつて私が見た」という、見えない何か。「失われた時」とか「もう戻ってこない過去」とか、それにひたすら心を奪われていて、もちろん作品でそんな身振りを執拗にくりかえすのは鏑木清方だけではないのだけれども、それにしても鏑木清方が内にかかえる過去への憧憬の念は強くて深い。とはいえアヴァンギャルドとか前衛(アナーキズム)を標榜するのでないかぎり、明治生まれの芸術家であるならば、近代日本の画家にせよ小説家にせよ「明治をなつかしむこころ」を作品内に含まないほうが稀だろう。日本という国を再帰的に考える場合、誰もが「旧き良き明治」を思い、うしなわれた悲しみをうたう。それこそが日本であり、近代における作品とは、うしなわれた前近代を思い、自己同一性の回復を試みるための作法だとも言える。それはどうしたって、そのように思わされるもので、そのように描かされてしまうものだという、そのあきらめにも似た感傷を込みで。