飼育

大江健三郎「飼育」を読む。江戸とか明治とか大正とか昭和とか、そういうこととはいっさい関係がなく、しかし国土のかなりの割合が当時きっとそのようであっただろう日本の国民の生活が、実体験から直接すくいとられたものとして、ここに文章化されている、その凄まじい迫力に気圧される。とにかく徹底的に、一縷の妥協もなく(従来とはまったく異なるこの「現実」を)描き切ってやるぞ、という殺気じみたものさえ感じられる。

主人公の「僕」と弟、友人の兎口、下っ端の子供たち、それに「僕」の父親、町の役場で働く小官吏、その手伝いをする義肢の「書記」。彼らひとりひとりの、おどろくべき存在感。このような現実があった、その動かしがたい事実。当時の日本の山奥の子供たちが、この世界に触れているときの触感の生々しさ。おそらくは作者の幼少時の記憶が色濃く反映されているのだろうが、もちろん幼少時の作者が実際に敵戦闘機の墜落や黒人兵の監禁を見て、その記憶の鮮烈さを元に書いたとかではなくてそこはフィクションだろうけど、フィクションを支えるものすべてが実体験に基づく生々しい記憶に拠っていて、フィクションが成立するというのはつまりこういうことで、つまりあのとき、夏はこうで、動物たちの干された皮はこうで、首筋にひび割れた垢の様子はこうで、不衛生さや貧しい食事の内容はこうで、放尿の描く水の線はこうで、住まいの床敷きはこうで、川の水の冷たさと太陽の反射はこうで、父親の様子や大人たちの態度はこうで、周りの子供たちの上げる歓声や嬌声はこうで…といった記憶が、一々息詰まるような濃密さでそこに刻み付けられているという意味においてだ。

日本に暮らすとは、かつてそういうことだった。「日本の子供」は、こんな暮らしを営んでいた。そして同時に、子供たちは日本という国の名前を知っていたし、「国家」という概念をおぼろげに知っていたし、その一部に自らの村がとても小さく位置付いてることを知っていたし、戦争を知っていたし、他国の存在も知っていた。兵隊や戦闘機や軍艦や戦車が、それらの間をつなぐように信じられないような精密さと豪快さで動作していることも知っていた。

同時に、戦争がどれほど佳境となっても、この村がその影響を受けそうにないことを感じていた。せいぜい山の向うの町役場に、ほんの些細な情報がもたらされる程度のことで、今日までの暮らしが明日続かなくなるとは思っていない。しかしそんな村に、いきなり敵戦闘機が墜落し、生存した黒人兵が、村人によって捕獲される事態が起こる。それは自分にも弟にとっても前代未聞の事態として受け止められる。「戦争的」なものが、ついに目の前にあらわれた。それは「黒んぼ」だった。「黒んぼ」を「捕らえた獲物」のように、飼うことが出来るかもしれない、その期待に彼らの胸は打ち震える。

主人公の「僕」や兎口の態度もさることながら、とにかく弟の様子が終始すばらしい筆致で描写されていることに息を呑む。

「飛行機は?」と弟がおずおずいった。「どうなったの」
「燃えた。山火事になるところだ」
「全部、すっかり?」と弟が溜息をもらしていった。
「尾翼だけ残った」
「尾翼……」とうっとりして弟はいった。
「あの兵隊の他はどうしたの?」と僕が聞いた。「一人で乗って来たのかな」
「他に兵隊が二人死んでいた。あいつは落下傘で下りたんだ」
「落下傘……」と弟がますます夢みるような声でいった。