「ラウンド・ミッドナイト」


ラウンド・ミッドナイト [DVD]


CSにて。さっきたまたまやってたので観始めたら最後まで観てしまった。。デクスター・ゴードンの姿やドアップの表情を見てるだけみたいな映画である。それだけで満足できるほど、この映画のデクスター・ゴードンは素敵である。恐ろしく長身で痩せているが腹の周りには相応に贅肉がついていて、スーツにハットのいでたちだがアル中気味で今にも崩れ落ちそうにヨタヨタふらふらと歩く。かったるそうな低い掠れた淀んだ声でゆっくりとジョークを口にして、どうだ今の?悪くないだろ?とでも云いたげに周囲を見回して顔を綻ばす…。


ジャズを聴いてるときのフランシスの、これ以上の幸福はないと言うほどの笑顔を観ているとせつない。全然金も持っておらず、雨の中ずぶぬれになって店の外の壁にある通気口に耳を近づけてタダ聴きしてるのだ。そうそう、最高の演奏が展開するとそういう風に笑うしかないのだ。そういうもんなのよ。でも同じ時刻には、娘が粗末なアパートでお父さんの帰りを待ってお留守番しており、ひとりぼっちで寂しくて泣いているのだ。そうなのよ、ほんとうに切ないことよ生きるというのは。。フランシスは帰ってきて娘を抱きしめながら呟くのだ。「彼は神のように演奏したよ」最低のダメな親父なのだが…ほんとうに切ないことよ。


途中で出てくるボーカリストの女のステージ上でにっこりと微笑んでいる素晴らしい笑顔…。客席でカラダを揺すりながらヒソヒソ話している女や、椅子に座ってスカートを膝上までたくし上げ、大また開きで足の疲れを癒す女店主。超早口がものすごいスコセッシも。…皆魅力的で、まあ如何にもな感じの都会と酒とジャズ…みたいなコテコテの感じだが、これだけ丁寧に作られていれば文句ないだろう。(ハービーハンコックは相変わらず「やる気がありそう」でイヤらしいけど。)


あるミュージシャンの破天荒な人生を描いた映画、という印象が強いが、実はその傍らに居る一般人との不思議な繋がりがとても細やかに描かれている。なぜデクスター扮するあのミュージシャンは、何の変哲もない一般人のフランシスにおもむろに近づき、話しかけ、ビールを奢らせ、その後、意気投合してしまうのか?奇跡が連続するかのように二人は急接近し、最後はほとんど相思相愛の夫婦のような関係になってしまう。(フランシスの元妻がスタジオに来たときのデクスターの冷たい眼差し…)デクスター扮するミュージシャンは気まぐれにフランシスと出会い、彼の背後の生活に触れ、献身に身を委ね、ある確かな安定の作用によって確実に癒されていく。生活が立て直され、アル中も克服する。


「調和のとれた生活」の恩寵と、やや同性愛的ですらある男同士の友情の甘美さ。その幸福は再び舞い戻ったニューヨークでも続いたが、やがて別離が訪れ、ひとりフランスの自宅に戻ったフランシスは、簡素な死亡通知書を受け取る事になる。自分が立ち会えなかった事の無念さと、まるで最初から決められていたかのような諦念が入り混じる。規定されていたかのような幕切れ。