「戦場のメリークリスマス」


戦場のメリークリスマス [DVD]


…昔からそうなのだけれど何故だかこの映画の異常な浮薄さを魅力的に感じてしまうのである。冒頭、たけしとトム・コンティが、ジャングルを背景にテクテクと捕虜の集まる広場まで左から右へと歩いて移動していくのがロングショットで追いかけられており、そこにタイトルがクレジットされてテーマ曲がかかる。…かつての僕にとって、映画というものが横移動していく有り様の初体験というのはこの箇所であったように思えるほど、このオープニングは忘れがたい。加えてもう完全に聴き飽きた筈の坂本龍一によるテーマ曲も、この瞬間に映像とシンクロする限りにおいて、少なくとも僕を惹きつけるだけの磁力は未だ残っている事を認めないわけにはいかない。…しかし太平洋戦争の戦時下を舞台にした日本の戦争映画(日本軍の映画)で、こんな「フザケタ」感触をもつものなんて、今の時代(00年代)なら絶対に作られないだろうなあと思う。こういうものを作ろうと発想する事すら難しいのではないか?


殊に日本人側の描写がものすごく、やたらと切腹したり「行」とか云い出したり部下が死を覚悟で捕虜を殺しに行ったりと訳がわからず、物語も各登場人物のやる事なすこともムチャクチャと云ってよいような、テレビとかで見たことのある芸能人やミュージシャンが軍人の格好をして何か言葉や仕草でもってやりとりしたりしてるだけのようなほとんど学芸会のような感じである。はじまって10分くらいで、こんなだったっけ?と思って愕然とした。いやデビッド・ボウイトム・コンティはまだかなりマシというか、もっともらしく物語の登場人物におさまっているように見えるのだけれど(白人というだけでそう思えるのだが)、坂本龍一とたけしの浮き上がり方はもう尋常ではない。こんな風に役者が浮き上がっている映画というのをあまり観た事がない。これは単に監督のイメージと役者の思いが食い違ってるとか、残念ながらイメージ未満のところで定着してしまったとかそういう話ではなくて、やりたい事とか目指すべき事とか、実際の結果とか、それらのまっとうな検討が為されたようには思えないというか、そういう僕の常識範囲内にある考えの枠組みとは別の成り立ち方で出来ているというか…上手くいえないが、自分にとって大島渚という監督の映画とは…「御法度」も同様に感じたが「これで良し」という判断する基準線設定の驚くべき素っ頓狂さというか、窺い知れぬ闇の向こうにあるらしいそのへんの位置が、なんとも不思議に感じさせられるところに独自の質感があるように感じられる。…でもとりあえず「戦メリ」と「御法度」は肌触りとして似ているとは思った。それは感じた。


まあでも「御法度」については何年か前に一度見てあまり面白くなかったような記憶が残っているのだけど(再見したい気持ちも少しあるけど)「戦メリ」は何度見てもある程度面白いと思える。たとえばデビッド・ボウイが「花」を食うシーン。花を食うなんて事で誰が驚くのか?ってなものだが、何となく納得させられてしまい鮮やかでセンセーショナルなものを見たような気にならなくもない。(?)あるいはボウイ絶命のシーン。死骸となったボウイの顔にでかい蛾が止まって動き回っている。これも何かすごい象徴的なものを見た気になれるような気もしないでもない(?)…いやそれらは全部ウソで、それは演じてるのがデビッド・ボウイだから最初からそう思わされているだけだし、作り手もそれらを素で驚いてもらおうとは思っていないのだと思う。…でも…なんというか、そういう空虚なハリボテの伽藍が妙に良いのだという…まあ、単なる倒錯というか内燃的カラ喜びの可能性も高いけど。でもそういう意識無くしてあのメイクした坂本龍一を観ても何を喜べるだろうか?


あと、もうひとつ重要なのはやはり、たけしの存在なのだろうなあと思う。この映画のたけしはほとんどとてつもない場所にいる。断食を強いられた捕虜集団が皆で合唱しているときの「やめろ!やめろばかやろう!やめろばかやろう!」と窓ガラスを割って激昂するあたりとか…それ以後のたけしが自分の映画の中で得意になって何度でも繰り返す事になるような芝居ではあるが、それゆえに、まだ慣れていない手探りの感触を伴う新鮮な禍々しさともいうべきリアリティが漂っている。(本作でのたけしはとにかく、やる事なす事全てが何か妙に滑稽感をまとい付かせていて思わず笑ってしまいそうになるのだがそこがいいのだ)…あとは酒に酔って「メリークリスマス!」と陽気に叫びつつトム・コンティらを独房から出してあげるところ。あれなど完全に芝居とかではなくて「素のたけし」にしか思えないのだが、それが逆に素晴らしい。…トム・コンティが映画の終盤、ジャワ島で荷物を背負って移動するたけしを最後に見つめるシーンがあるけど、あの視線の先のたけしも良い。あの歩き方をとらえるだけで「ハラ軍曹」の奥行きが何倍にも広がるように思える(…もちろんその後、終戦後の独房内で明朝の処刑を待つたけしに再開するシーンが待つからだろうが)。…でもまあ、くどいようだが「ハラ軍曹」といっても完全に「たけし」でしかないのだが。