犬と私の思い出


もう何ヶ月か前だけど、テレビのコマーシャルで、「飼い犬」に見立てられた中年男性が一戸建ての家の庭で四つんばいになって、郵便配達や宅急便など部外者が来ると「誰!?誰!?誰!?誰!?」と騒ぐ、というのがあった。あのテレビコマーシャルがやるたびに僕は、はぁはぁ云って喜んでしまったのだけれど、犬が部外者に向かって激しく吠え立てるときの「わんわんわん!!!」を人間の言葉に置き換えると「誰!?誰!?誰!?」に翻訳できるだろうというのは適切だと思える。たしかにまあそれでおおむね良いとは思う。…犬はたしかに、そのように云っているのだと思える、少なくとも僕は!…そう思えるだけの説得力を、このテレビは勝ち得ていると思う。犬は吼えて吼えて、吼えすぎて勢い付いてくると「誰!?誰!?誰!?」が「だれぇだれぇだれぇー!!!」と、意味内容よりもひたすら繰り返す事の方に重点が傾きがちになってしまうのだが、そのあたりの再現性も説得力があってなかなかすごい。そういうのは犬の世界へ一歩踏み込まないとなかなかわからないような事だろうから、すごいと思う。それにうるさい!と叱られたあと、心残りだけどもうあきらめたかのような、情けないうめき声を上げて、黙らされてすごすご物陰に隠れる感じなども掛け値なしに見事な達成だと思われる。なぜなら、犬って本当にこうなのだから!喜びの表現やわくわく、うきうきしているときの素振りなども、一々隙のない見事な完成度だと思う。犬って本当にそうなのだ!


僕はまだ実家に居た頃、犬が居たのだけれど、その犬はもう死んでしまったのだが、その犬が生きていた頃は僕はわりとよくその犬をいじめた。いじめと云っても、口でいじめるのである。悪口を言ったり罵倒したりするのである。低俗で卑劣な言葉をかけてやるのだ。そうすると犬は、何もわかっていないので、単に嬉しそうな顔ではぁはぁ云いながら僕の顔を嬉しそうに見てるだけなのである。それを見ると僕はますます悪口を言いたくなるので「やれやれ、おまえにはあきれたよ」とか「あーおまえはばかだねえ、ばかだねえ」とはっきり云ってやるのだ。でも犬はまるでへこたれもせずに嬉しそうにお座りしているだけなのだ。


そうすると、そのうち庭先に僕の母がやってきて、「ちょっとやめなさいよ。犬だってちゃんと言葉がわかってるのよ。犬だってひどい言葉をいわれたら傷つくわよ。…ねえ?そうよねえ、あたまにくるわよねえ、お兄ちゃんがなんていってるかちゃんとわかってるのよねえ?」などと犬に語りかけるのである。…そうすると犬は、なおも相変わらず嬉しそうに、頭を左右にぶんぶんふりながら、しっぽもばたばた振っているばかりなので、僕はいよいよ本気で「おまえ、ほんとうにわかっているのか!!?」と真剣に問いただすのであるが、犬はやはり無言のまま、はぁはぁと嬉しそうにしてるだけなのであった。