夜の0時ごろに目が覚めて、一時ごろにまた寝た。眠っているのか起きているのか判然としない状態がしばらく続いた。気付いて、でもまた気を失い、また気付いて、また気を失い、その合間合間に、自転車に乗っている夢を見ていた気がする。誰かの自転車の後ろに乗っているのが僕らしい。素晴らしい速さで疾走する自転車。山の中の峠道を、車やバイクなんかと同じように、ものすごいスピードで滑走する。自転車の後ろに乗っていて、前が女性だった場合、僕はその相手の身体のどの部分に手を置いて自分を支えれば良いのか。あるいは身体には触れないのがマナーだろうか。しかし、身体に触れないで、足の間のちょっとした出っ張りを指先でつまんでいるだけでは、急制動や急旋回のときに自分を支えきれず、きっと振り落とされてしまうだろう。そうなったら、さすがにおおごとではないか。下手すると大惨事になって、色々面倒ではないか。でももしかして、振り落とされてしまっても良いのだろうか?絶対に振り落とされないように頑張っている事自体が間違いなのかもしれない。切りの良いところで振り落とされてしまう方が、色々と喜ばれるというか、それこそが望まれている成り行きなのと違うのか?いったいどちらなのかわからないまま、目の前の細い背中の左右を、猛烈なスピードで景色が流れていくのを見ている。ある地点まで来て、大きく曲がるカーブを曲がりきれないようなスピードで進入したので、これはコースを外れる、転ぶかも、と思ったら、コースを外れて、しばらくして止まった。降りたら、古くて小さな木造の家があって、玄関を開けて入ると、死んだ母方の祖父がいた。僕が小学校に上がる前か後かくらいのときに、ひどい痴呆症でまともな対話もできないほどだった祖父である。その祖父と久しぶりに会って、しかしやはりまだ痴呆は痴呆で、話をするにもほとんどまるで何も通じない感じである。傍らには、十年ほど前に亡くなった母の姉がいる。二人で暮らしているらしいのだ。しかも、こんな暗い狭い家の中で。布団が三つ敷いてあって、僕はどの布団で寝るというのだろうか。とにかく暗いし、そうか、昔はこんな暮らしだったのかとも思った。


東京駅の八重洲口北口を出てエスカレーターを上がり、目の前の通りを渡ってしばらく歩けばすでに日本橋と呼ばれる地帯にいることになるのだが、丸善日本橋高島屋のある交差点までの道は高級車が何台も停まっていて、ブティックやギャラリー、高級そうなレストランが並んでいて、高島屋の正面ドアから入ると、中央受付を中心としてひろがる広大な、高い天井まで吹き抜けの、華やかな館内全体が一望される。奥手には四機のエレベーターが古代の神殿入口のように並んでおり、群がる人々の一部がその中へ吸い込まれていき、ガラスの向こうの黒い機械がゆっくり上下している。受付嬢、案内係、化粧品売り場の店員、エレベーターガール、さっきまで僕と一緒だった自転車の女性はどこにいるのか。


ギフト売り場にいた。ハムにするか、果物にするか迷っていた。いい加減なことばっかりやってると、あとで後悔するぞ、と云ってやった。相手は無言でこちらを見返す。あんた、誰に向かってものを云ってるかわかってるの?何様のつもり?僕は黙った。父の日の贈り物だから配送日指定お願いします、と店員に伝えた。


帰りはふたたび、自転車で帰った。まったく、素晴らしいスピードで走る。でも家までものすごく時間がかかった。やっぱり疲れるし、この次は電車で行こうよと言う。