ダブ・ミニマル


乳灰色の空。蒸し暑さ。大気全体がどんよりと重みを増して、景色全体をこころもち下に押し下げる。閉め切った部屋の中でアンプの電源を入れてディスクをセットし、ボリュームを調整する。中低域は充分に出てるので、むしろ高音を若干強調させると、曲が始まると同時に、あたりに充満するこの「サーーーーーーー」という耳障りなヒスノイズがはっきり聴こえてくる。それに加え、たぶんアナログの電子機器が通電しているときの、微かな「ぶーーーーーん」という、低く唸るようなノイズが重なり、ヒスノイズの「サーーーーーーー」という音と、アナログシンセの「ぶーーーーーん」という唸り音が、湿度をたっぷりと含んだ密室内いっぱいにたちこめ、その時点でもう既に、音楽ははじまっており、というか、その状態を音楽と呼ぶよりほかない状況にまで追い詰められており、蛇の巣窟であるかのように大小太細様々にまとめられとぐろを巻きながら這わされた配線群のうず高い盛り上がりに足を引っ掛けつつ、機材のバックパネルに近づいてみれば、電源ユニットは燃え上がるほどの高熱を発しており、ヒートシンクから伝わる高温が、周りの金属とシールドの周りに巻きついている合成樹脂を次第に爛れさせ溶解させ青い炎を伴うかのような匂いがかすかに鼻の奥をつき始め、コンクリートの地肌を剥き出しにした壁という壁は満遍なく玉の汗をびっしりとかき、フロアの中空には蒸気がたちこめて遠景を霞ませている。朦朧とした意識の中で、既にもう音楽がはじまってから、随分と時間が経っているのだという事に気づく。ディレイとリバーヴの重なりが、厚みをもった物理的な音の周波となって、延々と引き伸ばされているが、それらすべては、何の展開も進展もなく、単に、一小節ごとに、何度も何度もループし続けているだけなのだが。