台風


台風が来ているなんて知らなかった。今から数時間前にはじめて知ったのだ。知った途端に、外の感じがそれ風に見えてくるから面白い。台風というのはまず、風と雨の音の騒がしさがあって、風というものそれ自体の、空気の波動以前として鼓膜に直接作用する原始的な音というものがあって、さらに地上に叩き付けられる無数の雨の着弾音の集積があって、路面をおびただしく流れる雨水とその上をはげしく走り去る自動車やバイクの走行音があって、どこかから慌てた様子で勢いよくシャッターを閉める音がするような、そういう夜のある時間の堆積としてあるようだ。おそらくこの場所から遠く離れた場所の、山々の木々も激しくざわめき風に大きく傾いだり激しく首を振るように元揺らぎ、隣り合う者同士ぶつかり合い、共に雨水を一身に浴び、葉を撒き散らし枝を振り乱し、その激しい身悶えの音をあたりに轟かしている事だろうし、海沿いであれば荒れ狂い防波堤に叩き付けられる激しい波飛沫の発する音が炸裂して周期的に耳元まで届き、海原全体から発される巨大で不気味なこの世のものとは思えぬ海鳴りを、その辺り一帯に住む住民の鼓膜に等しく届けるのだろう。台風の写真、台風の録音が、それらの同時多発性を再現できるか。