井の頭公園


ワインとビールと惣菜を買い公園のベンチに座ってそれらを食しながら池の様子を見ていた。池には無数のボートが浮かんでおり、人がオールで漕いでボートがゆっくりとすすむ。あるいは白鳥のかたちをしたボートは人がペダルを漕ぐと後方から白い水飛沫を飛ばしながらゆっくりと前進する。決して広くはない池の領域にたくさんのボートが結集しており、それぞれが進路をせめぎ合うかのようにひしめいているのをひたすら見ていた。しかしそれぞれのボートはけっこう自由気ままに気分の赴くままに進路を決めて速度を上げたり旋回したり静止したりを繰り返していて、たまによその船とニアミスしたりぶつかりそうになったりもするのだが、でもそれはそれで問題はなく、井の頭池には何の問題も発生しておらず、それぞれのボートは衝突や進路妨害等にみまわれながらも結果的にはすべて正常運航中なのであった。遠くから俯瞰してみている僕から見ていると、もっと全体的に間隔を調整しながら効率的に楽しめる方法もあるのでは、とも思うのだが、しかしおそらくはそのような視点こそが罠なのである。気温は温暖で日差しはそれほど強くなくてベンチに座っているのが大変快適であった。酔いの中で快適さと不安さの両方を感じながら、この状態が良いのか悪いのかを結論付ける必要があるのだとすればどちらなのかを考えたりもしたが、しかし何もわからなかった。いずれにせよ、私がそれを選んだのではなく、それを選んでいることが「私」なのだろうから。by柄谷行人