寝顔


今日は会社を休んで、乃木坂のオルセー美術館展へ。降りそうで降らない曇り空。開館の30分前に会場について、しばらく並んで入場。でも結局あっという間に場内は人で埋め尽くされた。こうなるともう、いつ何時にいこうが変わらない。混雑は避けられない。でも、それを我慢してでも見る価値はあった。たぶんもう一回は行くだろう。


ヴュイヤール素晴らしい。とにかく圧倒的なちからで形を引っ張り出してくる。そこにしびれる。自分が、ここまで鋭く強烈に形を引っ張り出してしまうことを自分でおそれて打ち消そうとしているかのように、すべての色彩がかすかに濁って彩度を失った状態で似たようなヴァルルでせめぎ合いぶつかり合う。でもそんな「結果」などどうでもいい。絵は「結果」を見ているのは間違いないのだが、でも絵の面白みとは「結果」ではないのだ。絵を見ているとき、その絵の、ある細部に隠された、おそろしいほどの何十年分かの積層となった、誰かの記憶を、そこにありありとよむのだ。


「ベッドにて」という有名な作品。この絵の構成上の特徴とか如何にもナビ派らしい感じとか、そういう事はどうでも良くて、なにしろこの「寝顔」である。よくぞ、こんな表情を描いたと思う。僕は個人的には、こういうのにはほんとうに震撼させられる。この寝顔。この髪のかんじ。枕に沈んでいるスイカほどの重みをもつ人の頭部の、かすかな呼吸で波打つ皮膚の表面の、少しの目ヤニでふさがったまぶたの、側頭部に張り付いて引っ張られている髪の毛の、そういうすべての、人が寝ているときの、そのかすかな芳香さえ感じられるような、その表情である。いや、ただの目を瞑っているだけの二本の黒い線だけ、なんだけど(笑)