夜散歩


変な時間に寝てしまって、さっき起きた。時計を見ると夜十二時くらい。冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出して、口の中に注ぎいれるようにして飲んでから、自室に戻ってPCに電源を入れて未読フィードを適当に読んで、何となく気分転換に散歩したくなったのでそのまま適当な服に着替えて鍵と財布だけ持って玄関の外へ出た。住まいに面した通りは日中なら車も人通りもけっこうある筈がこの時間だとほとんど無人で、外灯と信号の光とマンションや駐車場や自動販売機が放つ光の煌々と光った、ほぼ誰もいないのに無駄に明るい景色の広がりとして周囲の小さな空間や地面の一角をところどころぼんやりと浮かび上がらせていて、いつものことながらいま肉眼で見ている景色のはずなのに、まるで長時間露光した写真の画像みたいな、音もなくいつまでも凝固し続ける静止画像のようにして目の前に広がっている中を歩く。五月のこの時期の夜だと一枚上着を着て歩いていて寒くもなく熱くもなく、まことに快適で、この感じはまさにこの季節ならではと思いながら、いつも行くコンビニではなく歩いて十五分くらい先のもう一軒の方まで歩いて買い物して帰ろうと思って歩き続けると、何かざわざわした人の話し声が聴こえて、暗闇の先に人影がいると思ったら、そろぞろと、地面をこするサンダル履きみたいな音と共に、寝る前の格好をした若い女子の群集が十人かそこら、群れをなして前方数メートル先の通りを横断して住宅街の方へ入っていく。修学旅行の夜かよ。友達の家に泊まる?さらにしばらく行って、道の反対側に猫が歩いている。方向が一緒で僕が道を渡って猫の側に行こうとすると猫はぴたっと止まってこっちに来るのかよという態度で僕を見て、近づく直前で猫はこちらを避けるようにすたすたと歩き始めてさっきの1.3倍速の歩幅で急ぎ気味に僕の前を行く。僕が依然として同じ方向で歩くので猫は、なんだよずっと同じ方向かよという態度でさっきの約1.6倍速くらいでますます急いで小走りでやがて柵の下端に空いた隙間に入って中からこちらを一瞥した後暗闇に消える。夜の静かな道を歩いていると、出来事としてはそのくらいのことしか起こらない。むしろ日中はこの程度の出来事が知覚できる限りでもおそらく数秒に一度は発生しているのだと思うが、夜は出来事そのものが少ない。だから、僕に限らず皆、夜の散歩をするのだろう。出来事が少ない。ということはつまり、起こる出来事がどんな事であれ、何か起こってもあまりその種別が気にされずに、出来事そのものとして、等価なものとして扱われがちになる。どんなことでも、一緒くたにみなされる。一々分類とかしている日中のやり方とは別のルールで皆がとろんとした気分でいる。帰り道に交差点で僕が、信号が青になるのを待っていたとき、道の反対の向こう側を、女性が急いで渡って歩いてきて、渡りきると同時くらいに、信号が変わったので、こちらも歩き始めて、その女性と僕がかなり近い距離で交差し合ったときも、やはりそれもさっきの猫との交差と、出来事としてはあまり変わらない。それが夜のあまり何事も起こらない雰囲気の、それ特有のことなのだ。元来た帰り道を歩いているとき普段はほとんど買わない缶チューハイを買って歩きながら飲んでいた。炭酸の甘いジュースのような香りと共に、なんとも即物的な、口の中に生のアルコールが流し込まれていき、アルミ缶の柔らかさが手の中で何度も何度も、指の力の変わるに応じて、ベコベコと弱々しくへこんだり元に戻ったり、頼りなく動く触感が、まるで飲んでるものがお酒というよりもドーピングしてる薬品みたいに思える。缶の表面に8%とかお酒とか直接書きつけてあって、信号のピカピカとした赤や青の光とよく似合ってる。