自動巻時計


一昨日アナベル・リイを読み終わったが、じつは同時に読んでいた田中小実昌香具師の旅」収録の「浪曲師朝日丸の話」もかなり良かった。で、とりあえず「自動巻時計の一日」も読み始めたらこれがまたいい感じ。今はしばらくこの呼吸・リズム・グルーヴのまま凌ぐことにする。下記引用のさらに先に進みつつあるのだけど、これがまたほんとうにすごい展開…。今は自動巻時計を読んでるあいだが最高。

掃除の連中は、スチームのほうに尻をむけてつったったまま、コンクリートの床にすわりこんだおれを見おろす。ときどき、おかしな動物でもみてるような目つきをすることもある。かわった人間というより、動物園の檻のなかにいるものをながめている目つきだ。
 そういうふうに見られても、おれは、べつにシャクにさわりもしないし、また、かなしくもうれしくも、得意な気持でもない。兵隊のとき、班長や古い兵隊も、こういった目つきをした。走るとすぐバテるし、小銃を分解すれば組立てることができず、学校出だというのに、学課の点数もわるく、字をかかせればへたで、おまけに漢字もしらない……へんに思う理由は、いくらでも口にだしてならべることはできるだろうが、ただ、それだけではあるまい。へんてこなものが、どうしようもなくそこにいる、といった感じじゃないかと思う。
 カカアが、だまって、おれをみてるときの目つきも、そうだ。目をとじ、こんなものがいるはずがない、と自分にいいきかせ、目をあけると、まだ、消えないでいる。そんな気持だろう。

(「自動巻時計の一日」田中小実昌 河出文庫83頁)