夏季休暇


住んでるマンションの入り口を入って郵便受けを確かめてエレベーターで二階で下りて自分の部屋の前のドアを開けて中に入ると、むっとした空気に包まれて家の匂いがした。ドアを閉めると、まっ暗闇になった。右の壁に小さなLEDの光が点いていて、それが照明のスイッチだが、点けずに真暗なままで、靴を脱いで暗闇の先へと進む。何も見えないのでおそるおそる、ダイニングへ続くドアを開ける。テーブルの向こう、リビングまでひとつながりの空間になっていて、リビングの向こうの窓はカーテンが引かれてなくて外から丸見えで、いまは夜の青み掛かった光に、室内の一部が照らされている状態で、窓際にあるソファーやテーブルの一角が、外からの青い光によってぼんやりと浮かび上がっている。テーブルの上は一面が発光物のように白く鈍く輝いている。やがて目がどんどん慣れてきて、真っ暗闇はなくなってしまい、単に薄暗いだけで、すべての物がそこかしこにあるのがはっきりと見えるようになってしまった。完全な暗闇の黒としてあったはずのものが、見えなくなってしまった。というか、見えてしまった。見渡して、電話の留守電ボタンの赤い光、テレビのスイッチ部分とオーディオの電源部分の小さな赤い点、デジタル時計の液晶表示の光、テーブルタップの主電源の赤い点、モデムと無線LANアダプターの緑色と黄色の点々、などが光っている。キッチンの流しの中に、洗い残しの皿が少し積み重なっているかもしれない。細かくは良く見えない。水を出す。水が出て、流しの底のステンレスを叩く音がする。細かくは見えないうちにコップに水を受けて、コップの重みで水の入り具合を確認して、それをごくごくと飲んだ。それが水道の水の味だったので良かった。


君は疲れているんじゃないの?どうだろう、少し休んだらどうかね。静養してきたまえよ、どっか、南の島かなんかにでもさあ。


今日はなるべく暗闇の中にいようとおもっている。とりあえずテレビを点けた。音はすぐ消音にした。テレビは照明替わりだ。その光で、新聞を少し読んだ。新聞はつまらなくて、すぐに畳んでしまった。画面がちかちかと壁に白い光が明滅して鬱陶しいのですぐ消した。また暗闇になった。本でも読むかと思った。iPhoneの液晶をぱっと明るくして、その間に読むようにするかと思ったが、そんな短い時間では数文字しか読めない。マッチやライターなど、火を使おうかと思うが、火を使うならもっと効率的で便利な道具があるのだろう。とりあえず読書するのにマッチやライターだけでは全然どうにもならない。いPhone なんてまずますどうにもならない。今読みたいのに、卓上ライトにもならないとは…


あきらめて妹が大量に送ってきた野菜を食べることにした。暗闇の中で、どれが何の野菜かも見分けるのが難しい。しかも、湯がいたり、煮たり、炒めたりするのに、暗闇の中ではその調理加減がまったくわからない。でもここは今までの自分の振る舞いを信じて、自信をもって味付けすべきだ。もちろんすぐに自分の成果をリプレイできないけど、でも自分は確かな仕事をしたはずだっていう、その確信がもてるかもてないか、それだけが重要なのだから。うん、でもまあ、それはさておき、とりあえず、とにかく今ここは暗いままだ。食べ終わったら食器洗いだ。完璧じゃなくても良かろう。いつものように流しの底に数皿が残っていても、それでも問題はないはず。アメリカ的美談の範疇だよ。だから適当に、野菜中心ね。