暗い朝。濡れた路面。ドウダンツツジの赤がまるで人工物のような、この世の全色彩から数ミリ浮き上がってしまっているような突拍子のない赤色で、もえるように並んでいる。やや晴れ間が見えて、しかしすぐまたもとの暗さに戻る。桜の木の葉も、見事に黄色や橙色や茶色や赤に染まっている。深く染みるような、その赤。たくさんの色が惜しげもなく、地面に落ちている。用水路の水がさらさらと流れていて、あまりにも透明できれいで、とても冷たそうな水の流れの底に、赤い葉が何層にも重なって沈んでいて、水に揺らぎながら、その葉一枚一枚が、まるで水中眼鏡でのぞいたときみたいに、くっきりと細部までよく見える。

やがて雨も降り出す。冷たい雨と風。厳しいコンディション。今年ようやく、冬らしい厳しさを感じる。通りを行く人の表情が寒さに歪んで、こわばっている。俯いて、肩をすぼめている。もう十二月になった。昼過ぎになったら雨が上がった。太陽の光が下界を照らし始めて、建物の中や電車の中から見ると、これでもう、寒さも和らいだものと思うのに、外に出ると、たしかに天気はいいのに違和感を感じるほど寒い。今日で寒さの質が変わった。もう先月までの季節じゃなくなった。

「007 私を愛したスパイ」DVDを借りてきてみる。007はほとんど見たことがないのだけど、この映画だけはたまたま子供の頃テレビでみて、劇中に出てくるロータスエスプリが死ぬほどカッコよくて、そのカッコよさで一時期、熱に浮かされたように興奮して、昼も夜もエスプリのことを考えて、そのうち玩具屋でこの映画のエスプリをモデルにした(ちゃんと潜水艦に変形する)ミニカーを見つけて、わぁ!大発見だ!と大げさに騒いで、どんな手を使ってもいいから今ここでこれを入手せねばと決意して、子供の狡猾な浅知恵をフル回転させて、ここぞとばかりに大音量で号泣して(たぶんもう小学校低学年くらいだったのに…)、そのとき一緒に居た知り合いのおばさんにそれを無理やりそれを買わせて、その後しばらく麻薬中毒患者の如くせしめた玩具に夢中になって遊んだという記憶があり、その懐かしさだけでみた。

始まって一時間くらいして、やっと車が出てきて、ひとしきり観て、そこそこ満足した。今観ても、当時のエスプリはやはり抜群にカッコいい。とはいえ、とりあえずそこでおしまい。