遠足


 目が覚めて、身体を起こす。遠足の日の朝。午前四時。外はまだ真っ暗で、部屋の中も真っ暗だ。真っ暗なうちに起き出すのは、なにか間違ったことをしているような気分になる。開店前の店のドアを開けたような、まだきちんと迎え入れられないうちに自分から動いてしまったような、決まりの悪さをおぼえる。寒さが全身を包む。暗い廊下を爪先立ちで歩く。まだ夜の帳が下りたままの、誰もが寝静まっていて身動きひとつない、揺るぎない空気の層を私だけが揺り動かす。冷たい取っ手を掴んで、台所のドアを開ける。とつぜん、煌々とした光が溢れた。室内は灯りが溢れていて、全体が夕焼けに染まったようなオレンジ色だ。母親が濃い影を落としながら、台所を動き回っている。ここだけは、いつものように、まるで夕食の仕度をするときみたいに、夜のあいだ中ずっと、このままだったのか。コンロには鍋が青い火に掛っていて、猛烈な白い湯気がもくもくと立ち昇っている。部屋全体が暖かい湿気に満ちている。食物の匂いがする。油で炒めた匂い。表面をきらきらとした光がすべる。

 母はこれから、自分の娘を、未知の世界へ送り出そうとしている。覚悟を決めて、お弁当の用意をしているのだ。

 それからしばらくして、母からお弁当を持たされた私は、家の玄関を出て、まだ暗い道を歩いた。近所の家もすべて寝静まっているようだった。空の濃紺を見つめた。これから遠足だ。まるで出征する兵士の気分だ。