帰宅途中で買ったワインが、住んでいるマンションの玄関ドアを開けたと同時に、落として、パーンと軽快な音がして割れてしまった。外は雨。路面は濡れている。そこに、驚くほど大げさな、大量の赤い水溜りができて、一挙に、いい匂いが充満する。安物ワインなのに、こんな場所で、雨のなか、薫り高く存在感を主張していた。ついに誰にものまれることなく、下水に流れ去っていくのに…。しかし、酒が嫌いな人ならこれは耐えられないだろうと思うような、そういういい匂いが、激しくあたりにたちこめており、ビニール袋に入ったまま割れたので余計な破片や何か、掃除の手間もなく、とりあえず落ちたビニールを拾って、口をしばって不燃ごみに置き場に出せばいいだけで済んで、後処理はじつに簡単でよかったけど、でも、まるで殺人現場みたいな、この大きく広がった赤い水溜りは、いくら雨が降っていていずれ流されるとはいえ、さすがにこのままというわけにもいかないので、家から鍋に水をいっぱいに入れて再度玄関まで戻り、ざーっと流して掃除した。犯罪の証跡が、液体にまみれて下水に流れていくありさまをじーっと見つめる。これでも匂いはまだかすかに漂っているかもしれず、敏感な人なら気付くだろう。とりあえずそれで帰って、今夜ひとり、淋しい夜を過ごした。