皇后


 神保町まで歩いて三省堂に行って、店を出て御茶ノ水まで歩いているとき、明治大学の前の横断歩道で、信号が青に変わるのを待っていたら、道路の向こう側に婦人警官が立っていて、車道にはみ出して信号を待ってる若い男の子に「歩道に上がって下さい!」と、でかい声で注意している。なんだかうるさいのがいるなあと思って見ていたら、待ってる僕たちの前を、白バイがゆっくりと走り去って、白バイって、あんなにでかいバイクなのに、エンジンの音はすごい静かで、エンジンというよりまるでモーターが回ってるような音がするのはなぜか。などとぼんやりと思ってたら、続けてまた、何台かバイクとかが並んで走りすぎて、その後すぐ、黒塗りの車がすーっと走ってきて、その車の後部座席に、美智子皇后が、静止したような笑顔でやや斜め下を向いてゆっくりとうなづくようなしぐさで、目の前を通り過ぎた。あ!ねえねえ、ねえねえ、今見た?と、隣にいる妻に言ったら、え?何が?と言うので、今、車見た?見なかったの?美智子さん美智子さん。と言ったら、えー全然気がつかなかった、と言う。確かに、何の物々しさもない、あまりにもあっさりした瞬間の出来事だったので、見過ごしても不思議ではない。たぶん一秒かもっと短い一瞬だったけど、すごい近さ。横断歩道の前で立ってたら、目の前の車に乗ってたのだから、距離的にはほんとうに近かった。