朝、テレビを付けたらマラソン中継がやっていて、先頭集団に日本人選手二人を含む合計五人が固まって走っていた。残り十キロを切って、さあいよいよこれからというときだが、どうも見ていて気になるのだが、その日本人選手のうちの一人を、僕は知っている人のような気がしてならない。ふだん、マラソンなどまったく興味がないし、どんな選手が今活躍しているのかもまったく無知なのだが、それにしても、あの走っている女性の顔は、見覚えがある。それも、テレビで見たことがあるとか、そういうことではなくて、自分の生活圏内で、いつかどこかで、確実に同じ時と場所を共有しているはずの人に違いないと思われる。会社の、同じフロアでどこか近くの部署にいる人だろうか。しかしいったい、そんなことがありうるのだろうか。僕の勤めている会社の同じフロアで働いていて、しかしその実体は世界レベルのアスリートだというのか。いくらなんでも、それはないだろう。では、だとしたら誰なのか。ぼんやりとテレビの画面を見続けていたら、ふいにその選手が、走りながら、こちらを見た。あまりにも僕が見すぎたせいかもしれないが、向こうもこちらに気が付いたのだ。ヤバイと思って目を逸らそうとしたが、そんなことをしても意味がないので、平静を装って、なおも見ていた。向こうも見ている。ずっとこちらを見ているのだ。そして、次第にその選手は、先頭集団から遅れだした。あー、遅れ始めましたね、という実況の声が聴こえる。遅れたというか、しかしそれは、遅れたのではなく進路を変えたのだ。おそらくそうだった。なぜならその女性のフォームにあまり疲労感は感じられず、相変わらず活発なストライドで、集団から離れて、そのままやや斜め上を見上げた感じで、ぐいぐいとべつのお方角へ速度を上げ始めたからだ。さっきまで路上を走っていたのに、いよいよその女性はテレビ画面のこちら側を目指して、あっという間に大きくなってきた。まばたきもせず、僕をしっかりと見据えたまま、あれよあれよというまにテレビの画面に胸から上くらいの大きさに大映しになって、あっという間に、顔一面のクローズアップになった。テレビの裏側が汗と暑い呼気でぼんやりと曇ったと思ったら、色温度が勝手に変わって、画面全体が青一色になった。妻が、あ、この人私、大学のテニスサークルで一緒だったけど、でもこの前の同窓会に来れなかった人だ、と言う。