男はつらいよ 寅次郎の告白」の、吉田日出子演じる料亭の女将を見て、こ、これはたいそう危険な、まさに田舎的水商売的女性が醸し出す媚態における完成形のひとつではないか…?と思った。物語内での吉田日出子演じる女将の態度はけっこうわかりやすく寅さんに迫って逃げられるという常道凡庸パターンなので、その意味では大して面白くないのだが、でもだからこそ余計に、登場人物ではない、ただの吉田日出子が醸し出す迫力があらわれているように感じる。一見男性にとって必ずしも効果的に響かないのでは?と思われるような吉田日出子的な独特の素っ頓狂な声や喋り方が、かえってあのような底なし沼的引力を感じさせるとは予想もできない。髪型、化粧、表情、登場時のちょっとよそ行きの服装から和服になって、翌朝は普段着になる感じ、寅次郎に対する態度と満男・泉に対する態度の差異に込められた見事な心象の表現、等々含め、すべてのカードが見事に機能してしまってもの凄くて、観ていて呆気に取られる。寅さんだから主人公は決してその場に絡め取られることはないのだが、それゆえ平然と遠慮なくこういう演出を施すとはう、この映画の作り手の水商売系女を造形する手腕の手の細やかさおよび含みの豊かさには驚かされる。って、以上すべて僕の勝手な想像で書いているだけだが。というかそれは要するに書いてるこの私が個人的趣味として吉田日出子的なものに惹かれた、というだけでは?と思われてしまうかもしれないが、そういうことではないのだ。ここは断じて。


シネマート新宿でホン・サンス「ヘウォンの恋愛日記」を観る。ホン・サンスを観るのはDVDで「よく知りもしないくせに」を観て以来二度目。僕は正直、ホン・サンスの作品について上手く言葉で感想を言う自信がない。今回も、まあなんというか、一言で言うと「いくらなんでもものすご過ぎる」。一緒に観た妻なんかはやや体調を崩したっぽいほどである。


この映画の登場人物に対して、観ている我々は、たぶん共感もできず、愛することも憎むことも嫌うことも出来ず、だからこそ愛しいのだ、などともまったく思えず、しかし出てくるこいつら全員バカで頭が悪いから嘲笑的に観てやろうという態度も取れず、結局最初から最後まで決して肯定的に感じることはできず突き放すこともできず宙ぶらりんのまま観つづけるしかないような、こういう在り方というのはいったいなんなのだろうか?たとえば、「クマのプーさん」の登場人物に感じさせられる「頭の悪さ」と較べたら、この映画の登場人物の、何という扱いづらさであろうか。


冒頭でジェーン・バーキンが出てくるのだけど、ジェーン・バーキンをそういう風に使うか!?と思わせる点で、ここだけはとても安心して面白がれる。でもそれ以降、こんなにわかりやすく笑えるシーンなんて一切ない。いや、笑えるのだけど、全編通してかなり笑えるのだけど、でも、げらげら笑えるシーンは一切ないのだ。かなり気持ち悪い。上映中の館内全体もすごくそういう雰囲気。すごく頑張って、一人でデカイ声で笑おうとする人とかもいるのだが(けっこう気持ちわかるのだが)、でも結局、不発っぽい笑い声になってしまうという(笑)。


しかし観終わってから、各シーンを思い出して話をしているのはかなり盛り上がる。どのシーンも、言葉で表現できないようなモヤモヤ感をともなって思い出されるので、ほとんど「文句、愚痴大会」みたいな感想の言い合いになって、ある意味楽しい。まあ、だからやっぱり、ある意味ではけっこう面白いというのは、間違いないのだろうけど。。