それにしても体育館の独特の匂い。これは、ゴムや皮革製品の匂いなのだろうか。なぜこんな匂いがするのか。マットに寝そべったときの、合成樹脂なのか繊維加工なのか、ワックスやオイルの類かわからないけれどとにかくすごい匂い。汗や皮脂の、まさか人間から発する匂いなのか?たとえば、もしここに、部下のGが来てるなら、あいつが近くに居るかどうかは、匂いですぐにわかるはずで、なぜならGはいつも、独特の香りがする整髪料だか制汗剤だかを付けていて、僕の隣の席で、Gが身動きするたびにその匂いがするので毎回いらいらするのだ。もし仮に今、その匂いがしたら、もしかすると急に懐かしい気持ちになるかもしれない。そして妙に楽しくなって、Gにバスケットボールをぶつけてやりたい。バスケットボールって、当たると一番痛くないか?あのボールの表面の凹凸って、なぜあれほど荒々しいのか。そんなボールが、もし顔面に直撃したら、そのときの、火花が散って一瞬ぼーっとする感じになって、そのあとしだいに、鼻の頭や唇が、一瞬で焼き付いてしまったような、ゴムと埃の匂いの感触を、Gは知っているのだろうか。知らないのだとしたら、思い出させてやりたいな。ボールを、なめたことがあるのか?苦くて塩辛いような、すごいヘンな味がするよと。ゴムにもう一味。一度は、ボールくらいなめさせてやりたい。遠い他人の過去から、急に自分の苦痛体験としてよみがえらせてあげたい。さっきからボールが床にバウンドする音がうるさい。うるさくてうるさくて、埃っぽくてまったく嫌になる。ぎらぎらとした床の反射が余計に落ち着かない。