ピアノ低音


坂本龍一「async」をひたすら聴いていたい日。このアルバムで一番好きな曲は、はじめて聴いたときから今まで変わらず「disintegration」だが、これを聴いていているとつい思いだしてしまうのは、Cecil Tayler(名義上はThe Feel Trio)のアルバム「Looking (Berlin Version)」である。「disintegration」と「Looking (Berlin Version)」のとくに冒頭の三十秒くらいまでの、「Looking」でのセシルテイラーの感触とに共通するのはこのピアノの低音部の音。この質感。このピアノ独自の、低音の、あの「ギロッとした」感じというか「ドロドロッと」した感じ。ピアノ線そのものの物理的な震えの音という感じ。あれこそピアノだと思う。ピアノがもし壊れるなら、その箇所から壊れるような気がしてしまう。って、どの箇所?


ピアノの音を波形であらわしたら、きっと最初のアタック音が一番波が高くなって、そのあと緩やかにきれいなカーブを描いて、少しずつ音が消えていくのが右肩下がりで示され、その曲線はたぶんすごく整っていてキレイなのだろうけれども、ピアノの低音部の音だと、最初のアタック音にピアノ材質独自の要素が含有されている分少し立ち上がりが弱くなるというか、もっとザラリとした抵抗感を伴って音が立ち上がってくるような、その分波形もやや逡巡するように立ち上がって、減衰の仕方もやや不安定というか、いやこれは想像で言ってるだけなのだが、なんとなくそんな感じがするというか、ピアノの音という、その物質性が低音部には顕著にあらわれているように思われる。ピアノの限界に近い場所にいるような気がするというか、ピアノ的な音の波打ち際の感じがする。


もちろん「disintegration」はまったくジャズという感じはしないし、「Looking」との共通性など皆無で、これは僕の勝手な結びつけに過ぎないのは言うまでもないが、音楽ジャンル的な話ではなくて、自分の中でこの二曲は「ピアノ震動感」において強固な関係である。


ちなみに「Looking (Berlin Version)」


https://www.discogs.com/ja/The-Feel-Trio-Looking-Berlin-Version/master/1195648


このアルバムは…僕にとっては実に思い出深いというか記念碑的というか、まあ何しろフリージャズというものをはじめて聴いたのが、これであって、ジャケットのカッコよさもベルリンでのライブであるということも含めて、もう大変な衝撃を受けたのを今でも思いだす。当時の友人---当時ジャーマンプログレとかを集中的に聴いていた人---が(おそらくジャケ買いで)入手して、二人で聴いて、あまりのことに、直ちに僕も同じディスクを買い求めたのだった。1990年のことである。まだ18か19歳でった。おかげで、フリージャズというのはヨーロッパの文化なのだろうと勝手に思いこんでしまった。その後、フリーも色々と聴くことになるが、セシルテイラーは熱過ぎもせず冷た過ぎもせずある領域をものすごい密度で滑走するようなイメージをずっと抱いていて、今でもそういう感じに思っている。そしていまだに時折、猛烈に聴きたくなるときがくる。


セシルテイラーなら上記のほか「アキサキラ」「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ」「カフェ・モンマルトル」が、とくに大好きです。