国宝絵巻

朝の電車は混みあっている。隣に立つ若い女性。毎朝の通勤電車では、乗り合わせる人々の顔はなんとなくおぼえてしまう。黒くて長い髪、スカート丈短めのワンピースに薄手のカーディガンをはおる、赤いハイヒール、この女性もたまに見かける。たまにと思うが、そう思っているだけで、じつは毎朝いるのかもしれない。ふと見下ろして彼女の足元の靴の色に一瞬驚く。赤にも色々あるけどその赤はほんとうの赤で、絵の具の赤の原色そのままみたいな、他との調和などありえない、色というより光のような赤だ。電車内のどこにも、そんな強い色は存在せず周囲から飛んでしまっている。そんな靴を履いてる時点でカタギじゃない女という感じだが、その雰囲気は別に今朝にはじまったことでもなく前からそうかもしれないと思っている。でもサラリーマンに混じってこんな早朝から通勤電車に乗っている。我々同様これから出勤のOLなのかもしれないし、出社じゃなくて帰宅途中なのかもしれない。席が空いて、その女が座ってすぐに眠りだす。もしかすると中国人とか韓国人かもしれない。眠り方に疲労の気配がまとわりついている。だらっと伸びて膝上の鞄を抑えている細い腕と、膝上まで露出した白い脚、力が抜けて少し斜めになって背もたれに背中をあずけている。長い髪が簾のようになって顔にかかり、肩のあたりまで落ちている。どことなく平安時代っぽいと思う。