This Woman's Work

僕は知らなかったのだが、ケイト・ブッシュの「This Woman's Work」の歌詞では、語る主体が男なのか女なのか判然としないのだそうだ。妊娠・出産によって身体的危機に晒されている女性本人の語りだとも、それを見守っているか別の場所で相手を思って苦悩している男性の語りだとも解釈できるとのこと。また語りの状況としても、死に至るような悲劇的なものと考えることもできるし、出産という経験を経ようとする男女一般を登場人物に見立てて当事者視点で描いているとも考えられるだろう。やや強引に単なる語り手内面の妄想が語られていると解釈することも、不可能ではないかもしれない。


あの箇所は"Give me these moments back"だったのか。英語もわからず聴いてると、なんとなく"Give Me this Work"とか、そんな感じに思っていた、というかちゃんと聴いてないのであとから適当にそんなニュアンスで言ってるかな、などといいかげんにおぼえてしまっている。切実に職探ししてる女性の歌?とか、あまりにもひどい思い込みのまま。ひどい。

 

男か女かが判然としないというより、それが自分なのか相手なのか、すなわち出産する自分なのか出産する相手を前にした自分なのかが判然としない。苦しみが自他のどちらにあるのか、最初に曲を作って歌ったのは女(ケイトブッシュ)で、それを聴いて自分も歌おうと思ったのは男(マックスウェル)である。(おそらくマックスウェルの歌を聴いて自分も歌おうと思ったのは女(ACO)である。)


Maxwell Mtv Unplugged」のリリースは1997年、「This Woman's Work」のマックスウェルによるカバーをはじめて聴いたときは驚いた。こともあろうに、よりによってこの曲をカバーするかと。マックスウェルは自分が女であるという見立てでこの曲を歌っているのだと、当時の僕は思っていたのだが、歌詞に複数の解釈余地があるのなら、男性として男性の立場から歌っているのかもしれないがどうだろうか。やはりマックスウェルは女として歌っているように僕には聴こえる。それは歌唱が超ファルセットだからというのもあるが、それも含めてこの男性がその声で歌うことによって、自分が自分ではないというもう一つの想像に強く惹き付けられているように聞こえるからだ。切なく甘い世界にも聴こえるし、耐え難い苦悩の絶頂にいるようにも聴こえる。ここでは神様のような何かに対して、苦しみや祈りとかを経由して自他が溶けていく、それによって(私の/あなたの)苦しみから逃れること、逃れてほしいことの願いそのものが歌になっているのではないか。