岩牡蠣


昨日、御徒町で買って夜に食べた徳島産の岩牡蠣三個は、生牡蠣ならいくらでも食う自分ですら、やや躊躇するというか、ほんとうに生で食べて大丈夫だろうか…と訝るほどの、何か猛烈な禍々しさをたたえた代物であった。まず岩牡蠣だから異常に巨大である。通常の真牡蠣の三倍はある。殻はずっしりと重く、中を空けると、巨大なコロッケほどもある身が艶々と光っている。所々に磯の細かな塵など付着しているし、部分的に薄っすらと薄緑色のベールを纏っている箇所もあり、近頃ここまで自己責任感の強烈な食べ物も珍しいかもな、と思う。これだけ巨大だとそのまま一口で食べることはできないので、レモンを一個分くらい盛大にかけてナイフとフォークで少しずつ食う。口に入れるとたいへん円やかで、しかしその奥底に何か鋭く鼻腔を突くものが感じられ、かすかな不安と緊張をもたらす。あ、これはもしや…と思う。しかし、こういう味わいの牡蠣を食すのははじめてではない。過去にもお店で注文した幾つかのうち一つだけそんな感じだったことも何度かあるけど、そのまま食べてしまってその後何の問題もなかった。したがって今回も平然と食べ進むのだが、なにしろこの量であるから食べきるのも大変で、はじめのうちは牡蠣の味わいが口の中に広がるのを楽しんでいるものの、それが次から次へと口内に運ばれてくるので、しだいに味覚が漫然となって麻痺してくるというか、嘔吐の直前で陶酔しているというか、緩やかな窒息へ向かうというか、何が何やらわからなくなってきて、口内にも食器にもワイングラスにも牡蠣の匂いが蔓延していて、もはや自分自身が牡蠣の中に入って身を貪っているような、ほとんど至福の状態に至るが、それでも舌の奥から鼻にかけてクゥーンと突き上げてくるこの鋭い臭み…。三個目の牡蠣を口に運びながら、さすがの僕も、今回ばかりは助からないかもしれないと思う。明日は月曜日なので、ここで死んでしまうわけには行かないのだが、でもここまで来たらもはやどうしようもない。切腹ですでに半分以上切ってしまったところで、辛いからやっぱりやめますというわけにはいかない。最期まで行くしかないのだと思って、やがて完食する。残ったワインを消毒薬であるかのように飲みほす。空になった巨大な殻を燃えるゴミ袋に入れて、ビール瓶でも入っているのかというくらい重くなったそれをゴミ捨て場に捨てる。翌日は、なんでもなく、いつもどおりだった。