猫は鳥は野菜は皇帝、素麺

さすがに今日は、あまりお酒を飲みたい気分にはならなそう。体調はふつうだが、身体の芯のどこかに虚脱の塊りのようなもやっとしたものが残っている。肝臓が疲弊しているときの独特の感じだ。

天気は良好で、散歩がてら近所の公園まで歩く。梅はまだもう少し先、蝋梅は咲いている木もあるけどあれば近寄ってもかえって香りがわからない。一定の距離をおいて歩いているときなどにふと風に運ばれて香るのが冬の花というものだ。ゆえに木の周囲をうろうろしてもむなしいばかり。途中、やけに人なつっこいネコが近寄ってきた。赤い首輪をしている。人間にベタベタと甘えてくるネコというのは、どうもこちらの調子が狂う、かえって怪しく思う、商売熱心で老獪な水商売の女みたいだ、見た目が可愛いとなおさら訝しい、なんとなく引いてしまって後去りたくなる。お前それでもネコか、もっと孤独に毅然と人間をさげすんだ目で見ながら生きなさいよと言いたくなる。

鳩は何匹も集まって人間のベンチを我が物顔で占領して日向ぼっこしている。シジュウカラは路面にすーと降りてきて小さなステップで飛び跳ねつつ一人で遊んでいる。ヒヨドリは珍しく無言で無表情のまま高い枝に止まって動かない。

野菜はいつも通り並んでいるが、春物はまだだ、魚介生鮮食品は解凍ものばかりで低調な様子、買いたいものがあまり思いつかない。老人の買い物客は多い、つい老人に目が行くというのもある。品物を異様に真剣なまなざしで吟味している人が多い。

テレビの相撲中継で天皇皇后が黒塗りの車で国技館の前までやってきて、赤い絨毯の上を歩いて館内に入ってくる。脇には偉そうな関係者が横一列にずらりと並んで頭を垂れている。二人が特別席に到着して例の動作で手を振ると、場内の観客全員がそちらの方向を見て歓声を上げる。テレビカメラは天覧席側にあるので、土俵を中心としてその周囲の人間すべてがテレビを見ている我々の方向を見て手を上げたりカメラを向けたり何か叫んでいる。そうだったなあ、日本は、皇帝のいる国だったっけなあ…と思う。

夕食でなぜか素麺を食べる。今日はあまり寒くないという理由で、しかし暑いわけでもないのにややおかしな選択だ。食してみると、あたりまえだが、素麺というのはこれほどかと思うほど冷たい。冷え切ったものをすすりこむわけで、食べるというよりも身体を内側から冷やしているような行為に近い。むしろこれをさっぱりした気分で食すことができる夏という季節は、どれほど暑くて鬱陶しいものなのかを想像して、非現実的な思いにかられる。しかし、美味いことは美味い。