脱出

キャバクラの呼び込みをしているお兄さんというのは、あれはあれで、きっと大変な仕事なのだろうとは思うが、当然ながら呼びかけられても無視して通り過ぎるのがふつうである。しかし今日はやばかった。地図を頼りに店を探して行ったり来たりして、どうしても見つからなくて、しかも周囲はキャバクラ呼び込みのお兄さんたちが複数立っている。ほんの少し立ち止まっているだけで、彼らにとってこちらは恰好の餌食同然である。予想通りたちまちのうちに距離を詰められて、さあキャバクラどうすかお客さんどうすか攻撃の猛打を浴びるが、必死でスルーしつつなおも目的の店を探して周囲を見渡してばかり。その態度がますます彼らを助長させる。どの店探してるのよ、俺らに聞けば教えるよ、今日どこなんすかあ、と…まあ聞いてもいいんだけど、とりあえず無視し続けたままで頑張る。目的地はなおも不明のままだ。ええいままよとばかりに飛び込んだビル内エレベーター脇の看板を見たら万事休す、その場所こそ彼ら呼び込み人たちの巣窟・総本山である件の風俗ビルそのものだった。あっと思って振り返ると、さっきの連中が束になって後ろからうわーっとやってきて、いやさあ、だからどこに行きたいのよお客さん!教えてあげるよー!と言いながら両手を広げて近付いてきて、ほとんどバイオハザードでゾンビに食われる直前の状態にまで追い詰められたそのとき、さっき改札で買い物するからと言って別れた上司から電話が掛かってきて、今どのへんにいます?ああ、了解です、そちらに行きますね!とでかい声で通話しながら群がるゾンビを振り払ってビルを脱出した。道端に出て左右を見渡すと、ほんの十メートルくらい先に電話を持つ上司の姿が見えた。そっちに向かって歩きながら、何か強力な武器を持ってないか聞きたいと思った。