Identity V (Reprise)

「昨日の夜、こんなことがあってさ。」とか「今日の空、秋晴れって感じで最高じゃない?」などと話しかけても、まるでつれない態度で「ええ」「あ、はい。」「そうですねー」とか…そんな一言二言しか返ってこなくて、でもまあ、それはそれでかまわない、ランチタイムなんて、気楽に、好きに過ごせばいいのだ。ここに座っているのが悪くないと思うなら、こっちは全然かまわないからご自由にいくらでもどうぞ、という感じだ。

ところが「君がいまハマッてるゲームアプリって僕のiPhoneでも出来るの?」と、なんとなく思いつきでたずねたら「できますよ!!」と、いきなり人が変わったように明るく弾んだ声が返ってきて、思わず「…すごいな、人間が突然変わったな。」と言って笑ったら、その応答は無視して「でも容量が必要ですよ、私は大容量スマホに変えましたから。」とか言って、黒光りしてる巨大なベゼルレス画面の筐体を取り出してきて、プロの技術者の如き手つきでアプリを起動しはじめる。メニュー画面を表示させ「これです。ストレージでこれだけ容量食ってますね、で、これがロード画面で、オープニングです。」と、こっちが頼みもしないのに見せてくれる。「へえ、すごいねえ、キレイだし、カッコいいデザインだねえ。」とメニュー画面を褒めると、俯いたまま何も言わずに先の画面に進んで、キャラクター一覧画面まで来て、「これだけ揃ってるんですけど、私はこれとこれだけ使ってます。」と言って、各キャラクターをじっくりと見せてくれる。

僕は途中からおかしくてたまらず、口元を手でかくしている。天然かよ、と思う。二十代ってこんなもんだっけ、と思う。私の楽しみがここにあって、誰もが多かれ少なかれ、私と同じくらいにはそれに興味や関心をもつはずで、私の感じる面白さを、この人もそれなりに楽しく感じ取ってくれるはずだと思い込んでいて、まるで疑いもなく黙ってぐいぐい見せたいものに向かって進んでいく感じ。それがいかにも子供っぽいというか、ゲームに夢中な小・中学生のひたむきさ、融通の効かなさ、空気の読めなさ、しかしその幼さが可愛いと云えば可愛くて、なにしろこみあげてくる笑いを抑えるのがたいへんで、さっきからなんとも言えない内心のむずがゆさを耐えている。

それでまた、頼みもしないのに、リプレイをONにして「このときが、今朝のやつですけど。」とか言って、画面をこちらに向けて「いまここで、しばらく待って、最初のこいつを倒すのが時間掛かったんです、でも脇にもう一人いるのも気付いていたから、こっちにも一応行って、でもすぐにアイテムを使われたから、あきらめました。」…とか、ほとんど意味のわからない用語をいっぱい使って延々と解説してくれた。そのリプレイ動画を、僕と彼女でおそらく二十分以上見ていた。