ディナーショー

趣味で作ったみたいなシステムを引き継ぐだなんて、なんとも微妙だとKさんは思ってる、そういう表情をしている。何かあったとき、どこまで手を入れられるのか、稼働責任のレベルを、どれだけ正確に要件および見積もりに反映させられるか、こういうぼやっとした案件は、とくにそこが、いやらしいからなあ、友達ノリでいくと火薬庫みたいになる可能性もあるからねえ、Nさんの説明がずいぶん調子いいので、Kさんはそれを警戒し、反感をおぼえているのがわかる。Kさんの性格上、だろうなと思うし、僕だって大体同じ気持ちだが、まあそれでも、なんとかなっちゃうだろうなと思うのもわかる。安請け合いは何時如何なる時でも褒められるべきものではないけど、調子良さをアピールすべき瞬間もたしかに必要ではある。とはいえ、こいつはどうにも粗が多くて、気の進まないところもあるけどねえ、そう思いつつ、ふいに何かを思い出したかの如く、自らの姿勢を脇に反らす。ついさっき始まった議論に、元々僕は、はじめからあまり参加してませんのアピールで、逃げの姿勢をうってみる。まあ逃げられはしないけど、少なくとももう今夜は良くない?みんな帰らない?の気分を出してみる。Kさんは早く帰りたがらない人なので、この人はほっとく。Nさんはとっとと持ち帰ってほしい。だとしたらNさんは土日で資料まとめるのか、かわいそう、でもしょうがない、僕は帰りたい。申し訳ないけど、あなたの事案、がんばってください。よし、終わりの雰囲気になった。帰るムード出てきた。オッケーだ。すると突然、Kさんが机上に折りたたまれた紙片を差し出す。これとこれ、もし行くならどっちに行く?とこちらの顔を覗き込む。みると、横浜のホテルで開催される石川さゆり、と、岩崎宏美の、それぞれのディナーショーの広告である。どちらも三万円以上のお値段で、いや、どっちも行きませんよ、Kさん行くんですか?と聞くと、いや、俺も行かないけどさ、そうじゃなくて、もし仮に行くなら、どっち行く?と云う。僕はしばし考えて、うーん、どっちかって言ったら、石川さゆりかな…と応える。するとKさんは、あ!一緒だ!うわ、僕も!一緒!趣味、一緒だな!そうなんだ!とか言って、嬉しそうに騒ぐ。それでこちらは、やや狼狽する。不本意の思いが胸に広がり、上手く言葉が出なくなる。そもそも何を唐突に、そんなことを言い出すのか、しかし僕は、とりあえず別に、岩崎宏美だって、嫌いではない、むしろ子供のころから、テレビで見ていて、それなりに好きなくらいだった、のだが、でももし、仮にステージで実際に一度見るとするなら、石川さゆりをまずは、順位的には先にしてしまうのかもしれなくて、なにしろそこは、わりに熟慮の必要な、繊細かつ深淵な問題に思われるのだが、まさにそこをあっさりと、しかも唐突にもKさんから「僕と一緒だ!」と言われたのだとしたら、いくらなんでも、とてもいきなりだし、不躾な感じがするし、社会人として最低限の礼節を欠いているようにも思うし、いろいろと歯痒く、気持ち悪い。非常に落ち着かない気分にさせられる。Kさんは続けてNさんにも問う。どっちがいいと思う?Nさんは答える。まあ…どっちかって言ったら、石川さゆりの方ですかね…。その言葉を聞いて、Kさんはますます嬉しそうな顔をする。僕は茫然として、そもそもKさんって、この人、何なの?と、ここではじめて胸からあふれるほどの苛立ちと憎しみをおぼえる。全員、同じカード選んじゃったじゃん、嵌められてんじゃん、そのことに強い嫌悪感をおぼえる。そもそもなんで、突然そんなことを、聞かれなきゃいけなかったのか、さっきまで厄介な提案の話してたじゃん、なんだこれ、べったりと安っぽい油が一様に振りかけられた後みたいな気分のまま、目の前のPCをシャットダウンする。つとめて冷静に、帰りますよーと言って、席を立つ。ちらっとさっきの広告紙を見る。まるで銀座の高級クラブのママさんみたいな、和服とドレスそれぞれを着こなした二人の女性が、各々、キラキラの写真で掲載されている。