鮮魚

日々プールに通ってると、いつもいる人とか、たまにいる人とか、何となくわかってくる。もちろん向こうもこちらをわかってるのだろうが、お互い話をしたりはしない。話をするような間柄もありえるのだろうが、僕は面倒くさいのでその気のあるそぶりは見せない。始終イヤホンしていて、泳いでいるときも音楽を聴いているので、プール場内の物音や人の声を聴いたことがほぼない。そんな状況だと朝の通勤電車のごとく無言のままの勝手な相互視認がはじまり、ちょっとしたことでも気になり、あるいは妙な妄想が沸き、無言のまま反目しあうみたいな、ろくでもないことになりがちである。それは良くない、それはそうとわかっているのだが、スポーツジムというのは、人にもよるだろうが、どうも通ってるのが後ろめたいというか、本来はあってはならないことだけどやむなく通院してるみたいな、ちょっと人には言いにくい病気で病院に通ってるみたいな、そういう感覚をかすかに呼び起こし、同じ患者同士もそうそう仲良くできないみたいな、そんなイメージを思い浮かべてしまうのは、さすがに僕くらいなものだろうけど、若干そういう思いはなきにしもあらずだ。ネガティブ感とポジティブ感を裏返したら、大して変わらないというか、ことに男の場合、男のヘテロ的単純なナルシシズムをもってここに通ってるんですという雰囲気を出してる人は、じつは意外に少なく、ほとんどの人はなぜそこにいるのかがにわかには想像しがたい雰囲気の人が多い。まあそれが現実と言うものだろうし、世の中そう単純じゃないということだ。かくいう僕だって周囲からどう思われてるかわかったもんじゃないけど、それもお互い様だろう。

今日は遠洋を回遊するマグロのように速い女性と同じコースで、泳ぎながら百メートルごとに道を空けざるをえなくて、しかし速く泳ぐ人のフォームはきれいで、ターンしてスクロールをはじめてキックをする姿を水中から見ていて、ああなるほどあの感じでいけたら俺ももっとすーっと速いのだろうけどなあとは思うが、それは実際はそう上手くはいかない。そんな時間が十数分して、突然プールサイドに人が増えたと思ったら、今からスイムダンスの集団コースがはじまるらしい。自由遊泳のコースロープが狭められ、僕はやや早めに上がる。マグロの女性も周りを見渡し、プールから上がった。マグロが縦になって、はじめて人間のかたちを見せた。いや、マグロの人じゃなくて別の人と見間違ったかもしれない。思ったよりもがっしりとした体格だった。マグロは水の中では、それほどがっしりした感じには思わなかったけど。本当にあの女性だろうか、やっぱり別の人だろうか。でもあれだけのスピードで何周もするんだから、さすがにこのくらいの体格じゃないと無理か。まあ、どっちでもいいことだ。疲れたし刺身と冷酒がほしいな。僕は基本、白身魚を好みます。