アル・パチーノ

テレビをつけたら、ヤクザだったか、刑事だったか、どちらか忘れたけど、なにしろ怖い人の役で演技しているアル・パチーノがいた。仲間というか部下に取り囲まれて、何か喋っている。イラついてる。たぶん、ハラワタが煮えくり返ってる。感情を抑えて、努めて冷静を保とうとしているが、思いが隠しきれない、言葉の端々に、目つきや口元に、それが垣間見える。…そういう演技をしている。たぶん演技のはずだ。アル・パチーノは役者だから、彼はほんとうに怒っているわけではないのだと思うが、テレビに映ってるその人の様子は、明らかに怒りに震えている、そうとしか見えない。怖い顔をした人が、怒りを抑えて、誰かに何かを話しかけているときの顔。おそらく言葉そのものは普通で、意味内容をスムーズに伝えようとしているだけ。しかしその口元、そしてゆらゆらと定まらない視線の先が、観る者を不安にさせる。心ここにあらずな、ふとしたことで暴発する寸前みたいな、その予兆がそのまま形になったような表情だ。ある意味それは、相手を怖がらせたり恫喝するときの顔ではなくて、むしろ相手に甘え、相手に駄々をこねて拗ねているかのようにも見える。人一倍臆病な人が、不安と焦燥に耐え切れず、そんな自分に困惑しているかのようでもある。相手の男に、できるだけ俺の傍にいてくれないかな、こんなこと言えた義理じゃないが…などと言っているかのようにも見える。怒った男や怖い男の態度が、じつはそういう感じに見えることを、なぜアル・パチーノは知っているのか。