アキちゃん

文學界 (2020年5月号) の三木三奈「アキちゃん」を読んだ。とても正確で無駄のない、抑制の効いた、しかしここぞというときは鋭く決める、熟練した見事な技、という感じの文章。主人公のアキちゃんに対する憎しみについて描かれているのに、煮えたぎるような陰鬱的な負の熱さとかではなく、妙にへっぽこで、かすかにユーモラスな、不思議な諦観というか裏腹な思いというか自己保身や勝手な短絡や狡猾さも含めた、それら全体がなぜか妙な可笑しみをたたえているので、そのせいでネガティブ感とは違った感触で、読んでいて面白くいい感じだ。嫌な人が途中で良い人に変わるわけでもないし、その逆でもない、ただ淡々と物事が進んでいって、後半にちょっとトリックがあって、それで終わってしまう。憎らしいアキちゃんの異様さや酷さがことさら書き込まれるのかと思いきや、そうではなくて、むしろ主人公のこころの揺らぎというか、本人にも制御できず整理できない行動や思いが、説明もなく滔々と淡々と書かれて、そこがいい。アキちゃんの好きな人のこと、古本屋に通い詰めてしまうこと、そして最後の財布譲渡…。とても味わい深く、おお…これは面白かったな…と素朴に思わせてくれた。ちなみに景色から感じられる時代の雰囲気が、妙に古めかしいような、昭和中~後期あたりじゃないのか?と思わせるような感触に思えるのは僕だけだろうか。小学生の子がいる親の家庭が集まる住宅街や街の雰囲気って、今も昔もそんなものか。