禁酒時代

お酒、やってます?と、おそるおそる聞いたら、割烹着にマスクしたお姐さんはまなじりを決した視線をこちらに向けて「はい、お出しできます」と、力強いことばを返してきた。…すごい、今までもこれからも、ずっとそのまま、いつもどおりなのか。けして変化しない、つねに同じ、それを保ちつづけることの気概。やがてはこばれてきた純米吟醸酒は枡から溢れんばかりになみなみと注がれており、ふだんからこの提供、このやり方であることをうかがわせる堂々たる姿で供された。かすかにふるえる手で盃をもち、おそれつつ口にはこぶ。たちまち体内の上から下へと清澄さが浸潤していき、入れ替わりにたちのぼってくる香気を頭の内側ぜんたいで味わった。おもわず座り直し、ぐっと背伸びをして、体内へ広がるものを精一杯蔓延させようとした。この味わいと、こうした一連の自分の仕草、身体の反応自体が、久しく記憶にないもので、もう何年ものあいだ飲酒という経験をしていなかったので、今この瞬間が、すでに気の遠くなるほど昔の、今から思い返せば戸惑い呆れるほどに自由だったかつての時代、それがいきなり無条件でこの場に取り戻されたかのような、そんなありえない錯覚を催させて、思わず胸のうちにこみ上げてくるものがあって、しばらくじっと身体を凝固させたまま、次第にあつくなある目元と喉元の塊をじっと押し殺して堪えていた。