夏の劇

妻が出掛けたので、ひとりで買い物へ出掛ける。途中、昼からやってる居酒屋に寄る。薄いのれんみたいな布をくぐって店の中に入ると、真昼から真夜中へ一気に変わったかと思うほどだ。太陽の下を逃れて、冷えたビールがようやく体内に注ぎ込まれて、大きく息をついて、カウンターに肘をついて、ジョッキを傾けて斜めになった液体の線をふたたび口元へ近づけながら、外の様子をぼんやり見やると、真っ白に沸き立つ光のなかを、人があらわれては反対側へはけていく。舞台袖から通りすがりの役があらわれては消える舞台を観ているみたいだと思う。真夏の日中は通りすがりの人々しか登場しない、何事も起きない、セミの鳴き声しかないお芝居のようだとも思う。真夏もそうだし、そもそも店内のこの時間もそうだ。これ自体が営業時間中に上演されている演劇だとも思う。すごく弛緩した、かぎりなく目的をみうしなった状態の演技がつづいている。全員が役者で同時に観客だと思う。演じる自分を観ているだけだ。セミの鳴き声しかない、極端にミニマルな脚本の芝居だ。