開花

桜の開花宣言が出て、毎年近所の公園にやや早めに咲き出す桜があって、すでに枝の先に一つか二つ雨の滴にぬれた花弁がひらいているのを美容院に向かう途中で見かけた、それが、冷たい雨の降っていた先週の土曜日のこと。

妻の仕事が連日多忙で、帰りの遅くなる日が続いている。平常なら六時半か七時にはには帰宅するはずが、今日も八時半を過ぎてようやく最寄り駅に着いて駅前のスーパーで買い物をしていたところを、僕も駅に到着したので改札の前で待ち合わせて帰路へついた。公演に差し掛かり先日の桜を見上げると、一分咲きくらいだろうか、これくらいのときが、一番つつましくていい感じ、静かで誰もいないしさほど寒くもないし、家から酒を持ってきてこのベンチに座って上を見上げていれば最高じゃない?いや、もちろん実際にそんなことはしない。ちょっと暗すぎて、桜が見えない。いや、むしろ夜桜ならこうじゃなければ。もともと夜はこのくらい暗かった。昔の映画観てると、夜が暗くて、街中や繁華街のシーンでもじつに暗くて、光と闇の落差がはげしくて、闇はほんとうに闇の色をしていて、昔はまだ誰もが暗闇を知っていて、ほのかな灯りの下で充分に落ち着いていられて、そんな薄暗い場所で静かに蠢いてるようなのが本当の夜だった。今の夜は異常な明るさで、これでは夜と言えない、闇を消せば良いわけではない。相手の顔さえ見えないくらいでもかまわない。手元さえ見えないほどの暗闇に沈んで腰かけている、見上げると月と星と桜の白色だけが闇に浮かんでいる。いや、もちろん実際にそんなことはしない。そろって帰宅して、遅い夕食の支度をはじめる。