場所

作品を作ったら、作った人は、それを作る前と作った後とでは、もう別の人になっている。作った人は作ってしまったら、もう作る前と同じ場所から、その作品を見返すことはできない。作品が完成したということは、それを作った人は、それを作っていた場所をすでに失くしてしまったということになる。そのことは、作ろうとする人は、誰もが事前にうすうす気付いていて、人によっては、そうならないようにと、無意識のうちに防御の意識をはたらかせてしまう。うっかり作り上げてしまうことで、自分の戻って来れる場所をうしなわないようにしようという自制を効かせてしまう。おそらく作り手にとって、ほんとうにおそろしい失敗とは、自分の元手や基盤がみうしなわれ、今の希望がすべて換算済みになった後の場へ放り出されるような失敗のことで、作品の良し悪しと他人が呼ぶような話は、その恐怖と較べたら何でもない。作り手は作ることの恐怖や不安を誰よりも知っているがゆえに、いちばんおそろしい失敗の気配も敏感に察知するし、そこから身を守る姿勢を取ろうと思えば取れることもわかっている。でもそのいちばんおそろしい失敗を経験しないままで、自分の場所を守り続けていてもも、結局はダメなのだということもよくわかっている。いつか、ほとんど自殺に近いような思いでそれを突破して、そのときに作り手が新たにみる景色をというのは、どうであれそれ以前には想像することのできなかったものだろうが、とにかくその場所に立った作り手の、その人を突き動かしたモチベーションが何だったのかといえば、それはやはりその人の個人的過去のなかにあるのだろう。