「あ、ど忘れした。あの、国全体で、ビタッと店とか人の行き来を遮断するやつって、なんて言ったっけ?」
「あー、なんだっけ、わたしも忘れた。」
「やばい、まじで思い出せない。なんだっけ? …シャットダウンじゃなくて、ワイプアウトじゃなくて…」
「あーまずい、ほんとうに思い出せない。認知症ってこういう感じかしら。」
「ダメだ、まったく出てこない。」
去年以来、今に至るまで、一度も風邪っぽさを感じてない。これまでなら、一年に一度か二度は、あ、やばいかもと思う日があったものだが、そういう気配がかけらもない。もともと僕はそれほど風邪をひくほうではない体質だと思うし、これまで風邪で会社を休んだのは二十余年のうちで二、三回程度だと思う。それでも、あ、やばいと感じるのは感じたし、一週間くらい調子悪いこともふつうにあった。しかし去年以降は、見事にそれすらなくて、これはやはりマスクと手洗いアルコール消毒の効果なのだろうなと思う。なんとなく、こういう衛生観念が、今後のデフォルトになるのだとしたら、それはそれで、どうなのかなとも思うが、これを続けることで得られる快適さと安心感というのは、やはりそこそこ強力だろうなとは思う。最近、テレビや映画で、人同士が無防備に寄り集まって楽し気に対話してるシーンとかを見ると、何か不思議な危うさというか、ある規範や常識が、いくつか前のバージョンだった時代の薄い膜越しに見た景色のようにも思えてしまう。その膜こそが、年代とか世代とか呼ばれるような仕切り線のことでもあるのだろうか。
ディスタンスを保って、感染リスクを低減させた自分のもとへ、未来から、あるいは過去から誰かがやってきて、かつて自分の犯した罪を裁く。世代を越えた時間旅行が可能になった世界。
「あ!わかった、ロックダウン。」
夜になって、急に思い出した。