ワウペダル

二十歳前後の頃、バンドの一員としてギターを受け持っていて、そのバンドは古い楽曲のカバーばかりをやる、六十年代ロックの形式と精神を強く志向する、つまりインプロヴィゼーションが長ければ長いほど良いと思い込んでいるようなたぐいのバンドだった。

当時の自分はジミ・ヘンドリックスに傾倒していたこともあり、ワウペダルは是非使いこなしたいエフェクターだったけど、あれは意外と難しいというか、効果的な結果を得るには、けっこうセンスがいるというか、ただペダル操作してるだけではあまり面白くなくてわりと使いあぐねていた。今思えばたぶんすでに、ファンクとかブラックミュージックならともかくロック音楽の音としてはあまりにも古臭くて手垢にまみれたようなエフェクトでしかなかったように思う。懐古趣味なバンドのくせに、そういう物足りなさは感じていたのだろうか。

あるときバンドのメンバーから、掛け持ちしてるバンドでThe Smithsのコピーをやるので、そっちのギタリストにワウペダルを貸してやってくれないかと言われた。あれはたしか学園祭だっただろうか。ライブ当日僕は初対面のギターの人にワウペダルを手渡して接続や操作上の癖とかを伝えて、そのあと小さな仮設ステージのすぐ傍に移動して、まばらな客と共に彼らの演奏を聴いた。ギタリストはいきなり一曲目からワウペダルを踏み込んだ。僕がThe Smithsを知ったのは、このときがはじめてである。言うまでもないが、その曲は"Queen Is Dead"であった。彼がワウペダルを使ったのはその一曲だけだった。

後先を思い返しても、自分が所持するワウペダルの音をもっとも効果的に感じたのは、そのステージで他人が扱うのを聴いたそのときに尽きると言って良い。操作が良いとか演奏が良いとかではなく"Queen Is Dead"にワウが効いていること自体が良いのだ、というよりも、そうでなければいけないのだ。これはジミヘンの"Voodoo Chile"やクリームの"White Room"がそうでなければいけないのと同じことである。

その後の自分は、The Smithsのライブ盤「rank」にすっかりはまって、繰り返し聴き続けることになる。しかしあれから、すでに三十年が過ぎたというのに、冒頭の"Queen Is Dead"を聴くと、信じがたいことだが、いまだに全身の血の気が引いて、高揚のあまり心臓が胸の奥から浮かび上がりそうになる。