M★A★S★H

ロバート・アルトマン「M★A★S★H マッシュ」(1970年)をDVDで観る。おそらくこの映画が作られた当時と今とでは、受ける印象がもうずいぶん違っているのだろうなと思い、当時の観客がこれをどのように感じ取っていたのだろうと、推測しながら観ていた。

主人公たちの悪ふざけの感じが、硬直した組織主義とか軍隊そのもの、あるいはそのような制度や状況を支える何かに対するカウンターとしての反抗を示しているのだろうというのはわかるが、受ける印象としては反抗というよりは悪ふざけであり、茶化した態度であり、意味や価値観の横ずらしに終始しているという感じで、異なる価値観の対立とか本来の真なる正義とか、そういう類の話に持ち込みたいわけではない、そうではない戦略としての態度表明、という感じでもある。

朝鮮戦争の前線から5㎞ほどの場所に設営された野戦病院に派遣された軍医の、仕事のかたわら看護婦や同僚と浮気したり、イヤな上官をハメて追い出したり、同性愛嗜好を発見して自殺を試みる歯科医のために皆で最期のお別れ会をやったり、ゴルフ目的で日本まで行って仕事のあとは芸者と遊んでイヤな上官をハメたり、そういったブラックコメディ的エピソードが描かれる。こういった物語、このような設定自体のところどころに、今の感覚から見た際の、違和感をおぼえないわけにはいかないところもあるのだが、とはいえこれこそが「昔の反戦スタイル」というか「ある視点・ある気分・ある諦念」の表明なのだろうとも思う。強引なまでにアイロニーとユーモアだけで押し通してしまう感じが…。各エピソードの合間に挟まってるけっこう凄惨な手術シーンも、そのような編集はきわめて挑発的ではあるけど、このような衝撃性とか、コメディのブラック度合いというのは、やはり時代の変化とともに風化していくというか、どうしても耐使用期限みたいなものの影響を避けられないものだなと思う。

とはいえ、退屈せず最後まで面白く観てしまえるのはやはりアルトマンだからか。主人公や周辺の登場人物たち多数がひしめき合う場全体の魅力、群衆劇の面白さがすごい。空からやって来ては、誰かを運んでくるヘリコプター、担架に横たわった瀕死の負傷兵もいれば、スカートを翻して降りてくる新赴任の女上官もいる。手術は大部屋で多数の医者と看護婦がひしめき合って白衣を血に染めながら、手術の場というよりはまるで食肉処理場みたいな雰囲気の、まるで悲壮感なく外科手術がなされていて、その合間を赴任士官が挨拶回りしていたりする。このワーッと密集した多人数の感じ、誰が誰やら目まぐるしい感じ、人の傍らをジープがギリギリすり抜けて走っていく感じ、休憩中に酒を飲んでタバコ吹かして仲間らとたむろしてる感じ、まるで若者たちの合宿場みたいな空気感が、すごく魅力的だ。