ピノコ生きてる

寝る前に、酒を飲みながら、久々に「ブラックジャック」の単行本を適当に読んでいたら、ある話を読んだ時点で、涙が止まらなくなって困った。いま、それがどの話だったのか思い出せないというか、それがどの話だったのかは、もはやわりと、どうでもいいのだけど、しかし何のことはなくて、今回にかぎらずいつも自分は、ピノコに泣かされてしまうのだ。

ブラックジャックは無免許医で、患者の弱みにつけこみ法外な治療費を請求することで、悪名が高いとされている。しかしじつはいいヤツで、人間味あふれる、この社会の暗部や歪みに対するまっとうな批判精神をもった、まともなヤツではないかというのが、この作品の骨格にはある。

ただそれと並行して、やはり彼という存在はどこまで行っても決して社会には相容れない、人間にとって終生許容できない危険な存在、いわば異形の者であるとの気配も、シリーズの最後まで消えることはない。

ブラックジャックという人物が、その外科手術の技術力において、その場に立ち合った人や、それによって生命を救われた人を驚嘆させつつも、なぜか決して彼の賛同者や追従者や信者やフォロワーを生まない、彼を擁護する力を表面化させることのできない理由は、おそらくその技術力が「正確」すぎるがゆえだ。

「まるで悪魔の仕業のごとく正確だ・・」と、その手術に立ち会った医師は言う。それはあまりにも理想的であるがゆえに、かえって反倫理的なのだ。正確過ぎることは人間を否定することで、ブラックジャックはそのような領域に触れてしまえる存在であり、かつその代価として金銭を要求するのだ。そうであるなら彼が排除され日陰者の扱いを受けるのは、この世の共同体意識におけるまっとうな拒否反応のゆえ、かもしれないのだ。

それにしてもピノコは、生命にかえてでも、一度でいいから八頭身の身体になってみたい、そのための手術をブラックジャックに頼むのだ。果たして望みはかなわなかったけど、彼女の主観を想像しないではいられない。安っぽい涙に薄まらないようにしっかりと考えたいと思わずにはいられない。培養液に浸された八頭身ボディの断片が並べられている。彼女の身体イマージュ、彼女の主観、彼女の思いをできるだけ正確に想像したい。私は先生と結婚したい、その言葉をくりかえし思い返したい。