におい

朝、歩きタバコで歩いてる人と、駅までの同じ道を歩くことがある。もちろん知り合いとかではないので、お互いを意識もせず、少し距離をおいて歩いてる。その人の背後は、タバコのにおいが盛大に残るわけだが、後ろにいるときの自分は、あまりタバコのにおいを気にしないので、自分はそれがことさら嫌なわけではない、ただ、すごく昔のことになったなとは思う。こういうにおいがまん延することがなくなって、もうずいぶん久しいから、二十年も前ならまだ、それが当たり前だった頃の当たり前さそのものをすごいことだと思う。誰もが手にタバコを挟んで、煙を立ち昇らせながら話をしたり車を運転していた。このにおいは、においと意識されるようなものですらなかった。それが今や、すっかり記憶から失せていて、今になってそのにおいの強さと独特さに、あらためて驚いてる。なつかしさと一口に言って済ませる感じではない、ある事柄に関して記憶喪失だったことを思い出す感じ。

そして夜の喧噪と繁華街と若者の叫び声、電車の座席で、泥酔して眠りこけている人物を見かけた。こんな「昔のスタイル」が、ついに今復活してきたのかとおどろく。彼の身体からアルコールの甘い香りが漂ってる。それはあの、ここ数年手に噴霧し続けてきた消毒用アルコールのにおいに似ていなくもないが、それよりももっと濁りを含みつつも深く甘く、嗅ぎ続けるうちに心の奥底の何かをダメにしてしまうようなもので、これもまた昔だなと。これもまた記憶喪失だった一事項だなと。