先日、我孫子の古本屋で買った宇能鴻一郎「味な旅 舌の旅」を読んだ。<官能小説家>宇能鴻一郎の名は知っていたが作品ははじめて読んだ。本書は官能小説ではなくて、タイトルの通り飲食を主に全国の各地を巡るエッセー。

宇能鴻一郎は一九三四年生まれ。本書の刊行年は一九六八年。去年くらいに文庫で再刊されたらしいけど、僕が買ったのはいい感じに古ぼけた初版の単行本である。執筆時は作家が三二歳の頃らしいが、文章が端正というかすでにベテラン感漂っていて、軽い文体が続いたかと思えば、鴨撃ちハンターが早朝の獲物を待つ場面など、旅エッセーに挿入される場面とは思えぬほどの張り詰めた緊張感に満ちている。文体の切り替えが自在で、必要に応じてそれ風の文章をきっちりと書ける技がすごくて、何というか、文章の辣腕デザイナーという感じだ。食い方も酒の飲み方も芸者と遊ぶのも文章も、年齢不相応というか少なくとも四十代とかそれ以上な感じがするのは、作家本人の味覚嗜好がすでにそうだったのも間違いないとは思うけど、この出来上がった文章のせいでもあると思う。