うまれてはじめて、徹夜をしたのはいつのことだっただろうか。おそらく大晦日から正月にかけてではないかと思うが、あの時と特定できるような記憶はない。中学生になった頃には、朝まで起きていることなどべつに珍しくもなかった。深夜ラジオを聴くような時間を手に入れてしまったら、もはや徹夜をするしないなど問題ではない。

しかし小学生のときに朝まで起きていたことは、さすがに無かったと思う。あるとしたら父の実家の大晦日の夜から半日の朝にかけて催される火の行事を見た可能性くらいかと思う。でも実際には、それを見てはいないと思うのだ。ただし魚市場へ続く真っ暗な夜道を、白っぽい装束姿の若い男がひとり、細い紐状のものを引きずりながら、どこかへ走り去っていく一場面だけをおぼえていて、というか記憶に残っていて、それだけは見た気がするのだ。

その細い紐は先端や中程のところどころに、まだ炎がちらちらと燃えていて、まるでさっきまで火炎のなかにいたのを、その細い紐だけが引きずり出されたみたいに、暗闇のなか、火の粉をまき散らせ、走り去る男の後ろを蛇のようにのたうちながら遠ざかっていく。

さすがに現実で見たのではない気がする。でも子供にとって寝る時間を越えたらそれは子供が生きていて良い時間ではないと、そう感じているのが子供だということで、そのとき唯一のとくべつな夜の記憶ということだろう。あの緊張をともなった感じは、深夜ラジオを聴くような時間と引き換えに、それっきり失われたのだった。そのことはそのときに、ちゃんとわかった。