ヒューマントラストシネマ有楽町でホン・サンス「WALK UP」(2022年)を観る。とてもよく出来ているというか、ちょっときれいに出来すぎかもしれない。もちろんすべての辻褄が合っているわけではないし、伏線回収みたいなことでもなく、しかし鮮やかである。

以下ネタバレである。観る予定の方は、事前に読まないほうが楽しめるかもしれない。

映画監督とその娘が、雑居ビルオーナーで造形作家?の女性の元を訪ねる。ビルの1階と2階のレストランそれぞれで働いてる男性と女性、3階と4階+屋上の住居がある。作家女性が利用する地下室もあるらしい。それぞれの階を案内され、1階のレストランでワインと食事で歓待される。

各階のドアには鍵が付いている。おそらく後付けの電子鍵で、開錠や施錠のたびごとに、けたたましく電子音が鳴る。どうも4階の鍵は調子が悪いのか、開けるのにやや苦労するみたいだ。

映画監督はミニクーパーに乗ってる。娘が5歳のときに買った車らしい。この車が店の前に停まってるのはサマになっている。

さて、映画監督は作家女性からすいぶん歓迎され、この住居に住むなら家賃を半額にしますよ、今の住人は金に困っていて、なんとか島への移住を考えていて、近いうちに出ていくのだ、などと言われ、ワインと食事で歓待される。電話で誰かから呼び出され、なるべく早めに戻るからと、娘と作家女性を二人残してその場を後にする。娘は作家女性とのぎこちない時間をやり過ごし、自分を雇ってくれないかと頼み、足りなくなった酒を近くのコンビニまで買いに行く。

映画監督は作家女性を訪ねる。前回は車だったが今回は徒歩で来たようだ。再びワインと食事で歓待される。彼の映画のファンである2階レストランの店主も監督と同席をずいぶんと喜び、酔いの勢いも手伝って、いつしか二人は意気投合したかのような、深く通じ合ったかのような雰囲気になる。

娘は作家女性の元で働いたのだが一か月もせずに辞めてしまったとの話が出る。それで今回があの後の出来事だとわかる。

映画監督は、2階レストランの店主と食事をしている。ここは3階住居のはずだ。いつからなのかわからないけど、二人は同棲しているのか。彼は体調が悪く食生活など摂生しているようだ。仕事もあまり捗ってなく、しばらく休業状態らしい。なんとか島へ移住出来るまでは節約しようと話し合ってる。預かった郵便を届けてくれた作家女性に、男性は雨漏りの修繕を依頼する。女性は困った表情で、上階の住人がなかなかドアを開けてくれないのだと言う。彼女が退去した後、古い友人と会うために外出しようとする同棲相手に映画監督は文句を言いながら部屋に取り残されて、ベッドで一人ふて寝する。

映画監督を訪ねてきた会社社長の女性。映画監督と女性は食事のテーブルを挟み、肉を焼き焼酎を飲み、女性の買ってきてくれた煙草を吸い、高麗人参を何度もかみしめる。ここは4階住居からつながる屋上のはずだ。二人はずいぶん仲が良さそうだ。預かった郵便を届けてくれた作家女性が、苦労して何度も施錠された鍵を開錠しようとし、そのたびに電子音が鳴り響く。やっとドアを開けた彼女が部屋をのぞき込むのを、映画監督は迷惑そうにし、浴室の排水が正常ではないので、何とかしてくれと頼む。女性は困った表情をする。中断された食事を再開した彼は、最近神様を見たという話を女社長にする。女性は感動し、まるで母親のように彼をだきしめる。

店の前で煙草を吸ってる映画監督の前に、あのミニクーパーが停車する。(もちろん観る者はここで「…ええ?」っとなる。もしや異なる時空がひとつになって、この映画のクライマックスか?と。でもそうではない。)車から降りてきたのは…。

さらに、コンビニ帰りの、買い物袋に酒だの何だのをぶら下げた娘があらわれる。何してんのよ、早く戻ってよ、、と。

…という話だ。

クォン・ヘヒョという人物があらわすもの、彼に託されているもの、いや、彼は何もあらわしてない、何も託されてない。どこまでも、あのままだ。映画というのは、ほんとうに映ってるだけなので、誤解も想像も生じる余地はない。あれがそのまま、ありのままだ。

クォン・ヘヒョは最近来日していたらしいけど、あの男が実際、数日間のあいだ東京に存在していたと考えるだけで、なんというか、落ち着かない気持ちにさせられる。