ビール飲みにいかないかと上司に誘われる。今日はビール半額の日なので、横浜スタジアムで野球見ながらビールを飲もうというのだ。面白そうなので付き合うことにする。野球場でプロ野球の試合を見るのは、たしか小学生時代に西武球場に連れて行かれたとき以来だから、つまりそれは実質初体験と言って良いだろう。

もっとも僕は野球に興味ないし、上司もさほどではないそうだが、ただなんとなくあの雰囲気が好きなのだと。だから、気が向くと客席の埋まり具合を確認して、良さそうならそのまま予約し、席に座って数杯飲んだら、試合が終わって混み始める前に退場するのだという。

しかし横浜スタジアムは、日本大通り駅から球場の背中が見えるのは知っていたけど、関内駅からだとこんなに近くだったのか。すでに駅前からどこか浮かれたムードが漂っていて、球場独特の高い壁とその向うに煌々と光るナイター照明の光が夜空の一部を明るく染めていて、華やかなイベントが連日行われている場所ならではの、定常的な高揚感に満ちている感じだった。そうなのか、良い感じの呑み屋さんだけではないのだな、別の世界があるのだなと思った。

入場したゲートから予約席は驚くほど近いのに、前方で野球してる景色もずいぶん近くて、全体的に、大きいようでそうでもない、野球場というものが、意外にこじんまりとしたサイズなのだ。うちの近くの草野球場と実質変わらないのだと思う。もちろんメガネしないと細かいところまでは見えないけど、なくても困らないというか、野球やってるのは充分に見える。しかし反対側の観客席にぎっしりと集まってる人間たちの光景は、やはりすごい。あの景色だけは「群衆」という感じがするし、あの無個性、匿名性はテレビとかで見るやつだなあ…と思う。

それにしても球場を取り囲んでる各種電子掲示システムの華やかさは如何にも現代的な感じで、やたらと煽るような音と映像の演出が随所にほどこされていて、ちょっと過剰というかパチンコ台っぽいというか、もうちょっと静かでもいいかも。

にしても、なるほどそうなのだな、野球場の雰囲気が好きだ、その感じが良いというのは、つまりこれは野球観戦というものが、もはやそれを長いことやってきたファンたちの層の厚みになって、しっかりと成熟した文化的なものになっているからこそだろうと思った。

何が良いとか、どこが良いとか云えるわけではないのだけど、適度に弛緩していながら、適度に熱いのだ。そういうゆったりとした楽しみ方を、老若男女の誰もが、思い思いに何の気兼ねもなく勝手に楽しんでいる感じなのだ。

たとえばコンサートとかライブ会場でも、ここまで成熟した雰囲気ってなかなかないように思われる。一同声を合わせてワイワイやるとか、風船を飛ばすとか、腕を突き上げるとか、そういう「決まりごと」もじつに自然で、やりたいからやっていて、しかしやりたくない人への強制力もなく、威圧とか同調を強いるものでもなく、ひたすら勝手で適当なのだ。平熱な日常とかけ離れてなくて、でもふだんなら出さない大声を出すし、ときにはみんなで唱和もする。何よりもこれはその日だけのことではないのだ。チームの闘いも我々の日々も継続的なもので、観戦とはそのことの確認でもある。そんな、たいへん地に足のついたお祭りの場所に紛れ込んでるという感じなのだ。

保坂和志カンバセイション・ピース」後半の野球場場面もきっと「この感じ」を何とか描こう、再現しようとしたのだと思う。久々に読み返したくなる。

それにしても、ビール売りの女性たちはなぜあんな過酷なバイトをやってるのかね。。汗とビールで全身ずぶぬれみたいな感じで、ひたすらビールを売り歩く。彼女らが通り過ぎた後は、こぼれた続ける液体の跡が床に点々と残るのだ。しかしビールの注ぎ方自体はとても上手だ。上司はすでに顔見知りの子さえいるらしいが、今日は見かけないとのこと。

試合はやたらと早い展開だった。我々が入場したのがすでに六回の終わりで七時半過ぎ、そのまま一時間もせずに試合終了となった。最後はやや期待をもたせる(ベイスターズ的には不安な)展開になったのが面白かった。

野球についてこちらが素人質問すると、上司はこちらを見もせずに手短に答えてくれる。うわー、なんか昔を思い出すなあと、若い頃に、よく知らないことをちょっと年上の先輩に聞いてるときの記憶が、やけに生々しく思い起こされた。