暗闇


気が付くと、まだ芝生の上に寝そべったままだったのだ。


あたりはすっかり暗くなっていた。


濃紺の夜空に薄く雲が浮かんでいる。


全身が冷たい。


服全体が夜露を吸ってしっとりと垂れさがっていた。


首を持ち上げると、鬱蒼とした森が空と地面との境目を隠していた。


真っ暗闇の中を、僕は横たわっていた。だだっ広い公園の芝生の真ん中に寝そべっているのだ。昼過ぎからずっとそのままの格好で。


これほどの暗闇だと、広いも狭いもまるでわからない。暗闇が直に肌に触れている感じがする。空間の広がりは感じられない。狭い棺桶にすっぽりと囲われているようにも感じられる。風が吹いて木々が揺れる音がしても、やはり狭い棺桶の中から聞いているように思える。目を瞑っても、真暗だし、目を開けても、かなり真暗だ。この後、起き上がるべきかどうかさえ、判断に躊躇するほどだ。


暗い。真っ暗闇だ。何も、光っていない。暗い。自分が見えない。自分の両手や、足の先が見えないのだ。


自分は今ここにこうして、このまま立ち上がって、歩き出しても良いのかどうか、それもわからない。不安だ。歩き出したら、進行方向に何があるのか、よくわからない。というか、それよりも今、僕が横たわっている周辺に、いったい何があるのか、あるいは何もないのか、それすらわからない。


携帯とか財布とかその他の荷物とか、そういうのを僕は何も持ってなかったのだろうか。持ってたっけ?よくおぼえてない。このまま起きて、ここを立ち去っても良いのか。歩き出しても良いのか。立ち去るって、どこへ向かうのか。真暗で何も見えないのに、どっちの方向へ行くつもりなのか。


駅に方角に行くのだ。そりゃそうだ。でも駅はどっちか。駅がどっちかは、なんとなくわかるのだ。いや、間違ってるかもしれないけど。


最初から僕はここに、ずっと一人だったのだったろうか?なんとなく、誰かと一緒だった気もするのだが。でも今は一人だな。いや、一人なんだろうか?まさか、今もそばに誰かいるって事はないだろう。いたら、怖い。でも真暗で何も見えないから、何もわからないことはわからない。


誰かいるのか?いないだろう。いたとしたら、寝てるのか?でも寝息も何も聞こえないけど。声を出してみるか。でも今、自分が自分の声を発するっていうのは、相当やってはいけない事のような気がする。今、声はまずい。なぜなのかうまく言えない。でもとにかく今は、暗闇の中で、とにかく動く必要がある。とにかく動こう。本当に誰もいないだろうな。そうであってくれ。というか、今もし、そばに誰かいるのだとしたら、それは何故だ?そいつも、僕と一緒に、ここでずっと寝ていたのか?それで、まだこの辺で寝てるのか?だとしたらなんのために?


そんな筈は無い。そんな筈は無い。人の気配なんか全然ない。今ここには、自分以外の誰もいないはずだ。自分しかいないはずだ。そして暗闇だ。この暗闇には、いつまで経っても、目が慣れることはないのだろうか。いつまで経っても、暗闇のままだ。芝生の上にいることはわかる。空の濃紺に薄い雲が浮かんでいることだけはわかる。たぶん今、ここに僕は一人のはずだ。今、ここには僕以外、誰もいないはずだ。そうだ。それがおそらく現実だ。僕は今、ここに一人だ。


どうしようか、もう起きて立ち上がろうか。このまま寝てても良いのか。寝て、気が付いて朝になってたら、それはそれで良かったな。でも、もう眠るなんて無理だろう。このままずっと何時間もこうしているのは無理だな。じゃあやっぱり、起きるか。真っ暗闇だけど、立ち上がって、あてずっぽうに、歩き始めるのか。それはなんとなく、最悪の選択な気がするけどなあ。でも、なんで最悪な選択をわざわざ選ぼうとするのか。昔からだけどこういうときの自分って本当に謎だ。