ラジオ

無言のままだった。向かい合っていたわけではなくて、カウンターの端と端に座っていただけ。お互いに関心を向けず、挨拶はおろか目を合わせることさえせず、それぞれ一人で店に来たのだから、勝手に着席して、思い思いにひとときをすごすだけと言わんばかりのかたくなな態度、前回のことなんか、まるで共通して見た夢の中の出来事だったかのように、澄まして涼しい顔でやり過ごすだけ。相手も君も、生真面目に仕事をこなすかのように、注文した酒を黙々と呑んでいたのだと。他に客もなく、両者の視界を遮るものは何もないので、君は相手の方向に顔を向けず、視界の端に小さな色程度に留めておくだけにして。やがて、そっちの方角から店主と楽しげに話す声が聴こえてきて、あ、こんな声だったんだなと、君は先週の、まるで子供じみてバカバカしいあの出来事を、そのときに妙な実感をともなって今に再生される記憶の不思議な揺らぎをおぼえながら、他愛もないどうということのないそのやり取りを黙って聴いていたのだった。自力で弾ませた声の調子、彼女の内側では楽しさが活発に発電されていて、あのときも今も、君はじっと黙って聴いているうちに、まるで時空が断絶してしまい、もしかしたらその声はラジオの音かもしれないとも思ったのだった。