バンド・ワゴン

Prime Videoでヴィンセント・ミネリ「バンド・ワゴン」を観る。1953年、当時フレッド・アステア54歳である。この時点でのフレッド・アステア自身の思いが多分に反映されているのかどうなのか…冒頭から異様にペシミスティックな雰囲気で、すでに人気のピークを過ぎたとされるベテラン俳優の主人公が自虐気味に登場。やがて最初のミュージカルシーンが始まるけど、ああやはり踊りの傾向というかやり方が、戦前とは違うな…という感じはする。わりと植木等の姿がちらつくときもある。映画自体はアイデアがてんこ盛りで、マイケル・ジャクソン"Smooth Criminal"の元ネタになったシーンも含めて、観客を楽しませるためなら何でもするという気概に満ちていて、これなら、誰もが納得するだろうなとは思う。

が、個人的には、50年代のスーツに独特な、身体に対してやや大きめなジャケット、タックの入った太目のスラックスが、どうもアステアのうつくしい細見の身体のラインを覆い隠してしまっているかのようで、観ている側としてはそこが惜しいと感じてしまう。往年の時代はタキシードにしてもセーラー服にしても、アステア自身の身体にぴたりと貼りついたかのような細さで、じつに素敵だったのだけどなあと。もっとも昔と同じ服を着たとしても、昔を同じように見えるわけでは、ないのかもしれないが…。

女性のコスチュームもそうで、戦前の作品だと貴族とかお姫様みたいに如何にもな豪華ドレスで、またそれを着こなす若い頃のジンジャー・ロジャースの病的なまでの身体の細さも相まって、くるくるとコマのように回りながら踊る様子の儚さと優雅さと豪華絢爛さにうっとりさせられるのだが、本作ヒロイン(シド・チャリシー)とアステアが二人で踊るシーン、シド・チャリシーの50年代風開襟ブラウスにふわっと広がるスカートもいいのだけど、やはり豪華ドレスのひらひら衣装の長い裾が相手の男性の身体に巻き付いてふたたびほどけて…みたいなあの動きの優雅さに較べると、やや物足りなさは感じてしまう。(ジンジャー・ロジャースと較べるとシド・チャリシーの身体はけっこうガッシリしているので、そこもまた…。)