コート

春物コートを羽織る。このコートも、もう捨てなければ。あまりにも古くなりすぎた。それにしても、ハーフコートしか持ってないではないか。昔は、長いコートを持っていたこともあっただろうか。いや、思い出した、今でもある。クローゼットの中に、あるはずだ。出して着ないだけだ。着る気にならないだけだ。なぜか、その気にならない。もともと、ロングコートが好きだったはずだ。コートならば、やはり膝下までを覆う、全身をしっかりと包みつつ、歩けば裾が広がり風にはためき、歩調に合わせて揺れ動くような、長いコートこそ、自分は着たかったはずだ。そのはずがなぜか、そんなコートを愛用したことが、これまで一度もない。考えてみれば不思議だ。思い起こせば、亡き父親はロングコートを好んだ、というか、コートなら、あの人はロング丈しか所持してなかったはずだ。あの人は八十年代以降の、ゆったりしたフォルムの服を、いつまでも嫌って、前時代的なスリムタイプの古臭いスラックスを好み、細身のジャケットの上にコートを羽織って、長細いようなシルエットで歩いていた。自分があれを踏襲しなかった理由はいま思い浮かばないし心当たりもないのだが、いまさらながら、あれをやってみようかと思うかといえば、そうは思わない、もしやると、それが変装というか変位というか、それに成り替わったような感じがするからか、それを回避したくてそうしないのか、どうだかわからないけど、もし買うとしても、また来年が近づいてからでいいし、そのときになればそんなことはまた忘れている。